月影に落ちる世界の話


 影時間に見る月は、何故こんなに大きいのだろう。
 ぼんやりと見上げながら、落ちてきそうだな、なんて考えた。
 まあ本当に落ちてきたら世界の終わりなのだろうけれど。
 それでも、そんな事を思わず考えてしまうほどに月は大きく、否応なしに存在を主張していた。
 思わず目が離せなくなる程に、いっそ不気味なほどに煌々と輝きを放つ月。
 そこから視線を剥がせたのは、横合いからかけられた声があったからだった。

「月が好きか?」
「……普通、です」
「それにしちゃぁ、熱心に見上げてんじゃねぇか」
「そうでしたか?」
「ああ」

 苦笑した荒垣が、凌の頭をくしゃりと撫でた。
 頭を撫でられるなんて子供のようだけれど、何故か嫌な気分はしない。
 荒垣の手は大きい。
 鈍器を扱うその手は、けれど器用に料理をこなしたりもする。

 この手は好きだ。暖かな手。
 向けられる、不器用だけれど静かで確かな感情。
 何だか嘘みたいだ。
 この人が自分を好いてくれているなんて。

「荒垣さんといると、色々見ていて楽しいです」
「……そうか?」
「はい」
「俺ぁ自分が面白みのある人間だとは思えねえが」

 謙遜でも、卑下するでもなく本心からそう思っているらしい。
 考えるように首を捻りながら自身の手を見下ろす荒垣に、凌はふっと笑った。
 彼にも分からない事があるのだと、それを自分だけが知っているのだと、そう思うとやけに嬉しい気分になる。
 笑った凌に気付いたらしい荒垣の手が伸びてきて、ぐいと頭を引き寄せられた。
 引かれるままもたれかかるのは、荒垣の肩だ。

 どうしよう、幸せだ。
 影時間は終わらなくて、無気力症の人も増えていて、ストレガも何を仕掛けてくるか分からなくて、大型シャドウとの戦いも残っているのに。
 好きな人に思われて、言葉を交わして、視線を絡ませて、時折触れられて。
 それだけの事で胸がいっぱいになる。
 痛いほどに嬉しいと、幸せだと、そう思える。

「俺一人の時と」

 言いながら手を伸ばして荒垣の手にそっと自分の手を重ねた。
 やはり、大きさが違う。
 大好きで大切なひとの、手のひら。

「荒垣さんと一緒の時じゃ、世界が違って見えます」
「あ?」
「荒垣さんといると、世界が綺麗に見えます」

 だから一緒にいたい。
 だから一緒にいる時にいろんなものが見たい、と。

 まるで独り言のような小さな声で言えば、重ねた手のひらをぎゅっと握られた。
 繊細さと豪胆さを同時に持ちうる手。
 この手を、このひとを守りたい。
 自分が誰かを守れるかなんて、それだけの力を持っているかどうかなんて分からない。
 だから守る、と言い切ったりはしない。
 けれど守りたい、のだ。そう思う心に嘘偽りはない。

「……お前の言葉は、不思議だな」
「不思議、ですか」
「変っつーんじゃなくて、何つうのか……」

 荒垣が言い淀んでいるのは珍しい。
 言いにくいことなのか、単に言葉が見つからないだけか。
 荒垣が言葉を見つけるまでいつまででも待つつもりで、もたれた肩にそっと頬を寄せた。
 暫くして、握っていた手が持ち上げられる。
 何をするのだろうと見ていると、荒垣は重なった手を心臓の辺りに押し付けた。

「上手い言葉が見つからねえが……お前の言葉は、ここに、響く」
「……そんな事言われたの、初めてです」
「俺と一緒にいて世界が綺麗だなんつったのも、お前が初めてだよ」

 握った手が暖かい。この手を離したくない。
 祈るように願うように、そう思う。
 だから、どうか。

 月よ落ちないでいてください。



END

 


いちゃつかせたかったんです。
それでもやっぱり切ない風味なんだけどな!
だって、だってぇぇぇ(びゃー)
うん、でも、想像以上に楽しかった恋人設定な二人!
ヤバイなこれまたやりたい。

「世界は美しいか?」
2008/12/13

(UPDATE/2009.4.4)

 

 

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