If −紡がれなかったもしもの話−



◆P3・フェスED後・天田とコロマル・桜の終わりに◆
※主人公名・水沢凌(みずさわしのぐ)


 桜の時季も、終わろうとしていた。
 花弁の殆どを散らし葉桜に近くなった桜を愛でる人間はそういない。風に吹かれるたびにパラパラと、残った数少ない花弁が散っていく。
 天田は、その下をコロマルとゆっくり歩いていた。
 向かう先は散歩コースとしてすっかり定着している長鳴神社だ。既に視線の先には神社の階段が見えてきている。

「もう桜も終わりか……」

 何とはなしに呟いた声を拾ったのだろう、コロマルが鼻で軽く鳴きながら見上げてきた。言葉を持たないコロマルだが、その実人の心の機微には聡い。
 天田はそれに応える言葉が見つからず、苦笑したままなんでもないよと首を振ってみせた。
 石段の下に辿り着き、天田はコロマルのリードを外した。いつもなら上り切ってからそうするのだが、今日は何となくゆっくりと歩きたかった。
 常と違うことにコロマルが首を傾げる。

「先行きなよ。僕も後から行くから」

 促すように背中をぽん、と軽く叩けばコロマルは一声吠えて。それから階段を駆け上って行った。
 その背を追うように、石段に足をかけ上り始める。段数はそんなにないのだが、石の上に無数に散らばる薄桃色の花弁が今日はやけに気にかかった。
 小さな花弁を踏まないように歩くのは無理だけれど、なるべく避けて歩く。
 何故こんなことをしているのか、自分でもよく分からなかった。
 そうこうしているうちにようやく上り終わり、天田の前に石造りの鳥居が現れた。奥には、見慣れた木造の神殿と賽銭箱。神殿の横に立つ木と、子供の為にと設けられたらしいジャングルジム。その傍らにある青い簡素なベンチには、今日も人はいない。

「いつも通り、か」

 神社には誰もいなかった。
 見回すと、コロマルは神殿の横にある稲荷の辺りをうろついていた。この場所はコロマルのテリトリーも同然だから、色々と見て回るらしく離すと暫く帰ってこない。
 それを知っている天田は、ベンチに座って待つのが常だった。だが今日は足が止まっていた。
 通り沿いに咲いている桜の花弁が風に吹かれてきているらしく、ベンチの周囲にも薄桃色のそれらが散らばっていたのだ。
 どうして、だろう。
 桜は綺麗だと思うのに。散っている花弁に触れるのが、何故だか憚られる。
 ひらり、とまた一枚。風に吹かれて舞い上がったそれが、天田の足元に落ちた。

「……ああ、そっか」

 儚くも散りゆく、もの。
 消えてしまった、もの。
 重なるその姿は。
 己の目の前から去ってしまった。

 しゃがみこんで、足先に落ちたばかりの一枚を拾う。
 小さな花弁だった。
 握りこんでしまえば溶けて消えるのだ、と言われても信じてしまえそうな程。
 だが、薄桃色のそれ、は。
 いっそ眩さすら感じるくらいに、美しかった。儚さの中に、気圧されるほどの強さをも感じた。
 儚さと強さ。相反するものを同時に感じる。
 まるでこの世界そのもののように。

「あの人が世界を憎んでいれば……結末は、違ったのかな」

 ぽつり、呟いていた。
 声に出してから、何より口にした天田自身がそれに驚いた。
 世界を憎む、なんて。
 彼が命を賭してまで守ったものを憎むなんて、ありえないことなのに。それを目の当たりにすらしてきたというのに。
 詳しく聞いた訳ではないが、ある程度なら凌の過去のことは知っていた。幸せ不幸せの度合いを天秤で測るような真似は決してするつもりはないけれど、彼の過去が己と負けず劣らず凄惨であったことも。
 彼が、世界を憎んでも恨んでも、きっと不思議ではなかった。
 尤も天田の知る凌はといえば、恨むなんて力の要ること面倒だからしないよ、なんて脱力しそうなことを平気で言ってのけるような人物なのだったが。
 何度か瞬きをしてから、気付く。
 違う結末を望んでいるのは、きっと自分なのだと。けれどそれは、終わりを望むものではない。
 望むのは。

「貴方ともっと……話がしてみたかったです、って所かな」

 結末は覆らない。
 そんなの知っている。
 だけれど。
 話がしてみたかった、と望むことくらいは許されるだろうから。

 誰に言うでもなく口にした天田の手のひらに乗っていた花弁が、風に吹かれてひらりと舞い上がった。
 落ちた花弁の一つでさえ、世界の一部だ。
 それはあの人が守りたかった、いや今でも守り続けている、もの。
 儚くも強い、世界はきっと美しいのだろう。だけど。

「貴方がいれば、もっと良かったって。そう言うのは、我侭ですか……水沢さん」

 天田の問いに応えはない。
 代わりに、風に吹かれた桜の花弁がただ舞い踊っているだけだった。
 春の終わりは、もうすぐそこだった。


END



何となく書きたくなったぜーい。な一時間ちょっとで書いてみた話。
「あの人が世界を憎んでいれば、結末は違ったのかな」
っていう台詞が思い浮かんでぐわーっと。
人選はアレです、屋上に駆け上がってこれなかったぜ切ないぜ組(ぇぇぇ何そのネーミング)
いや、でも主人公の選択一つで結末は変わるわけですからね。あながち間違いでもないよね。
選択の一つではあったけどやっぱり生きてて欲しかったよ、な万感の思いを込めて。
でもホントにね、主人公君はストレガみたいになってても全然おかしかなかったんじゃないかなって思うのさ。ていうかストレガ主人 公なるものを見かけてえれー萌えたよ…って話ずれとる。
両親亡くなって、多分その後何事もなしじゃあいられないだろうしさー。
それでも誰を責めるでもなかった彼は、すごく優しいコなんじゃないかなと。
封印になってるのは世界の為じゃなく綾時の為でもあるわけだしさ。あうん、なんか切ないよぉ。


2007/12/29 ブログ小話
(UPDATE.2008/6/19)





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