踏み出す、煽る、その決意 (2009/5/22)




 真田が荒垣の元を訪れるのは、珍しいことではなかった。
 そう、「以前」もこうやって、夕飯の誘いに来た真田と適当な店に入っては、他愛もない話をしながら食事をしていた。
 能力があろうとなかろうと、特別課外活動部に身を寄せていようといまいと、真田にとっての荒垣は共に苦楽を過ごしてきた幼馴染みであり、逆もまたそうだった。
 顔なじみと飯を食う、それに特別な理由などないし、いらない。

 だが、今回ばかりは、荒垣にとって真田の来訪はいつもと違う意味合いを含んでいた。
 行為自体に変わったところはない。
 いつもの様に、今日はテストの最終日だったんだ、などと言いながら顔を見せた真田と、夕食を摂るべく店に入った。
 今日はわかつにした。
 はがくれでも良かったのだが、あの店のカウンターは込み入った話をするには向いていない。

 店をわざわざわかつにしたことも、別に特別な出来事でもなかった。
 適当に摘まみながら話をする事が目的であり、毎回入る店は特に決めていないからだ。
 違うのは、荒垣の胸の内だけだ。
 だが、そのたった一つが、今までとは明らかに違う。
 それだけで景色までもが変わったように見えるのだから、人の心理というものがどれだけ作用するかを目の当たりにしたような気がした。

「……そういや、こないだ病院に来てたのは、後輩か?」

 さりげなく、話題を振る。
 真田は一瞬考えるような素振りを見せたが、すぐに思い至ったのか、頷いてみせた。

「ああ、三人とも寮生だ。男二人は四月になってから覚醒したばかりだが、拙いなりに上手く連携をしていると美鶴が言っていた」
「……そうか」
「なんだ、シンジが他人を気にするなんて珍しいじゃないか」
「三人とも雰囲気違ったからな。部活の後輩じゃなさそうだと思っただけだ」

 言葉に嘘はない。
 ただ、そう思ったのが「一度目」だったというだけの話だ。
 何となく複雑な心持ちになっている荒垣を余所に、荒垣の言葉に納得したらしい真田はそうか、と呟くように言っていた。

「なあシンジ。俺の怪我も治って、明日から戦線復帰するんだ。お前もそろそろ……帰って来ないか?」

 来た、とそう思った。
 タルタロスの、影時間の話題になる度に、真田は荒垣へ復帰を促してきた。
 だから今回もきっとそうなるだろうと、敢えて彼らの話をしたのだ。

「アキお前、怪我はもういいのか」
「ああ、全快するまではダメだと美鶴にキツく言われていたからな。ちゃんと医者に全治の告知を受けてきた」
「……そうか」
「これで、久しぶりに思いきり体を動かせる」

 どこか楽しげに言う真田を見ながら、ふと聞いてみたい衝動に駆られる。
 お前、俺が影時間に死んだらどうする、と。
 それは皮肉でも警告でもなく、単に疑問に思ったからだった。
 自分が死んだ後に、この幼馴染みは何を思い、どうしたのだろうかと。
 口を開きかけ、結局はやめた。
 もしもの話をした所で、どうしようもない事だからだ。

「相変わらずトレーニングマニアだな、お前」
「その、脳まで筋肉みたいな言い方するなよ。どんな運動をしたら効果的なのか、これでも頭使ってるんだぞ」
「マニアじゃねえな。トレーニングバカだった」
「……美鶴にも同じようなこと言われてトレーニング器具の没収食らう所だったんだ……」

 思い出しているのだろう、真田がどこか遠い目をしながら言う。
 何となくではあるがその時の様子が想像出来てしまい、思わず微苦笑した。
 ついでにその場にいなくて良かった、とも。
 恐らくはそのやり取りを目撃しただろう三人は、一体どんな思いを抱いたことやら。

「……お前に振り回される後輩が気になるな」
「俺に振り回されっぱなしになる程、大人しくはないと思うぞ」
「特攻かけた挙句に骨折した奴が何言ってやがる」

 呆れ顔で言ってやれば、真田が言葉に詰まる。
 それでなくとも荒垣は真田に、トレーニングの延長線上のような気持ちでシャドウに向かうなと言い含める事が多かった。

「そ、それはだなぁ……」
「……期限付きなら、戻ってやるよ」
「そうか……って戻ってくるのか、シンジ!」
「期限付きでいいなら、な」
「いつまでだ?」
「決めてねえ。けど、長居する気もねえよ」

 ……本当は。
 最初は、夏までにするつもりだった。
 夏休みになれば、天田が寮に来る。九月になればそのまま特別課外活動部の一員に加わる。
 分かっていて、敢えて期限を告げなかったのは、選択肢を用意しておきたかったからだ。
 四月半ばから今までで、荒垣の知るだけでも数回の変化がある。
 これから先でどんな変化があるか分からない。だからこその「期限付き」だった。
 例えばその期限が早まっても、逆に延びたとしても、最初から言い置いておけば理由になる。

 そこまで考えて、胸の内に苦いものが広がるのを感じた。
 選択肢、だなんて綺麗事だ。
 逃げ道を確保しているだけだと、本当はどこかで理解していた。

「誰が何と言おうと、俺は歓迎するからな、シンジ」
「……そこまで言われるほど悪名高いのか、俺は」
「いちいち揚げ足を取らないでくれ……いつ戻ってくる? 美鶴にも言っておく」
「そうだな……俺の部屋、どうせそのままだろ。明日にでもするか。急だが土曜だし、丁度いいだろ」
「分かった。引っ越し、何か手伝うか?」
「いらねえ。んなに荷物もねえ。っつか、期限付きつったろ。引っ越しじゃねえよ」

 話しながら、そういえば「以前」に戻るという話題になった時も、似たような会話をしていたことを思い出した。
 ただし、以前は八月の終わりにしたはずの会話だったが。

 何をしても、しなくても。
 変わる事は変わっていくし、同じものは同じなのだろう。
 敢えてその変化の幅を広げるような行為に踏み切った明確な理由は、荒垣自身にもよく分からなかった。
 確固たる目的があるわけでもないのに、けれど何故か、あの場所にもう一度舞い戻る選択をしていた。
 これで、何がどう変わるのだろうか。

 先が見えないのは、一度目だろうと二度目だろうと変わらないのかもしれない。
 ただ、知っているからこそ「出来る」ことが何かある筈だとも、思っていた。
 未だ進退を決めかねていながら、それでも踏み出す事を決めた。
 その選択に、三度に及ぶ凌との邂逅が少なからず影響を与えているだろう事を、荒垣は思考の端で理解していた。




 

 

軽口くらいは叩き合うでしょ。幼馴染みだし。
という話。

UPDATE/2009.10.20

 

 

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