【空忘れ】 ラビミラ 別離後



 春が来れば、この痛みは溶けて消えていくのだろうか。

 終わりはあまりに突然に訪れて、過ごした日々は否応なく思い出になった。
 集めた骨董品を一つ一つ磨くように、思い出を一つずつ拾い上げて、思い出して、思い出して。
 幸いにも記憶力には自信があったから、彼女と過ごした日々を辿るだけでも相当に時間が掛かった。
 戻れない日々を思い返すのは寂しくもあったのだけれど、それ以上に離れてしまった指先を現実のものとして受け入れるよりも余程気が楽だったのだ。

 共に過ごした日々は、彼女にとって幸せだっただろうか。それとも、不幸せだっただろうか。
 笑顔は確かに思い出せるけれど、泣き顔だって同じくらいある。
 それは、ミランダの性格を考えると仕方のないことなのだけれど。
 聞いてみれば良かったのだろうか。けれど、聞けばきっと優しい彼女は笑って幸せだと言っていたのだろうとも思う。

「……俺は、幸せだったさ」

 ぽつり、零した。
 初めて出会った時は、名前も知らなかったのに。
 あの時はまさか、思い出を辿る程に愛しい存在になるとは欠片も思っていなかった。
 ラビはふと目を細め笑うと、左手に嵌められた指輪を撫でた。左手の中指に在る、シンプルなデザインのリング。

「これも、外さなきゃな」

 口に出したのは、そうでもしないと外せないと思ったからだ。
 外した指輪を机に置く。そうしてから、ラビはポケットからもう一つ指輪を取り出した。
 今しがた己の指から外した指輪に重ねるように置く。
 カチン、と金属と金属がぶつかる軽い音がした。
 ラビが今まで嵌めていた指輪と、ポケットから取り出した指輪。重ねて置かれたそれは、サイズこそ違うもののデザインが同じで。
 一見してペアリングなのだと分かる代物だった。

 指輪は外したけれど、未だ胸の痛みは引いてくれそうになかった。
 開け放した窓から冷たい風が入り込んでくる。思わずその冷たさに肩を竦めた。
 窓の傍にある椅子を選んだのは他でもない自分自身だったのだけれど。
 風につられて、何とはなしに窓の外へ目を向ける。
 雪こそ降ってはいないものの、まだ寒さは厳しい。
 春の訪れには今しばらくかかるだろう。この痛みが、癒えるにも。
 空の色は、ミランダが隣にいた時と変わらないままで。ラビは思わず、目を伏せていた。
 その拍子に涙が頬を伝う。
 吹き込む風は冷たいのに、どこか優しい。涙が零れたのはそのせいだと、誰に対する訳でもないのに胸中で呟いた。

 春が、来れば。



END


 

 



Web拍手掲載期間→2008.5.15〜11.20

ムッ/クの「志恩」かってにリスペクト小話。と銘打って書いた話。
それと意識して書いたわけではないのですが、これミランダさん生きてるようにも死んでるようにも読めますね。
お好きな方でドウゾ。

 

 

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