森の中、邂逅



◆バサラ・いつきと忠勝◆


「あ」

 森の端に佇む姿を見つけて、いつきは思わず声をあげていた。
 田舎に相応しくない黄金色の甲冑、いつきの周囲にいる大人たちよりかずっと大きな体躯。
 一度見かけたことがあるその人物は、確か三河の侍の傍らに居た。いつきたち農民にさえも、その名前が知れ渡っている彼は、戦国最強と謳われている。

「ほんだ…ただかつ」

 いつきの声に応えるたのかそれとも偶然か。
 佇む忠勝が、返事なのか否か判断のつかない機械音を漏らした。
 キュイン、と聞き慣れない音を立てながら忠勝の顔がいつきの方へ向く。

「何しに来ただか? ここは三河からはずいぶん離れてるべ」

 聞いてから、この問いかけは無駄なものだと遅まきながら気付いた。
 戦国最強と呼ばれるこの武将は、その圧倒的な強さとは裏腹に酷く無口なのだ。戦場はおろか、城内でもその声を聞いた者はいないらしい。おかげで声を失っているのだとか、実はカラクリなのだとか、その声を聞けた者には不幸だか幸運だかが訪れるだとか、噂ばかりが一人歩きしている状態なのだ。

 いつきには難しいことはよく分からない。忠勝が何故言葉を発しないのか、その理由を知りたいとも思わない。
 ただ一つ分かるのは。この無骨な一見何を考えているのか分からない武将の、それでも己の仕える主を思う心は本物であり、また彼の主も多大な信頼を寄せている事だった。
 人が人を信じる。単純なようだが、それを当たり前に出来ない者もいることをいつきは知っていた。
 だから、主従でありながらも信頼関係にあるのを見るのは、悪い気分ではなかった。

 答えは返らないだろうと思ったいつきの予想に反して、忠勝は機械音を発しながら腕を動かした。
 その指が少し離れた先の地面を指している。
 示した場所には。

「あっ……雛…?」

 巣から落ちたのだろう、小さな雛がか弱い声で鳴いていた。
 驚かさないように様子を見てみると、落ちた場所がちょうど柔らかな草の上だった為大した怪我もしていないようだった。
 しゃがみ込み、雛に直接触らないように周囲の草ごとそっと抱え上げた。
 忠勝が首を傾げたのを見て、いつきは笑って。

「野生の動物は人間の匂いを嫌うときがあるって、隣の姉ちゃんが教えてくれたことあるだよ。へ? …って、うわあっ?!」

 語尾が悲鳴になったのは、忠勝が突然いつきを抱え上げたからである。
 慌てながらも雛を取り落とさなかったのは、いつきの反射神経と忠勝が唐突ながらもちゃんと気を遣っていたから、の両方だろう。
 いきなり何するだ、と言おうとした所で、目の前に鳥の巣があることに気付く。巣の中には落ちていた雛の兄弟なのだろう、数羽の小鳥が突然の珍客に驚いたように声を上げていた。
 親鳥が戻ってくるかもしれない、と慌てて抱えていた雛を巣に戻す。

「うん、これでもう大丈夫だべ」

 声に出して言ったのは、自分にというよりも忠勝に聞かせる為であったかもしれない。
 その言葉を聞いた忠勝は、巣から離れいつきを下ろしてくれた。
 相変わらず言葉は発しないままだ。
 いつきもまた黙ったまま、忠勝を見上げる。
 無骨な兜に覆われて、表情は分からない。けれど、それを怖いとか嫌だとか思う気持ちは、なかった。

「お前さんは、強いけどちゃんと優しい人なんだな」

 ぽつり、告げた。
 忠勝は何を言うでもなく、ほんの僅かに首を傾げて。
 二人の頭上、親鳥だろう鳥が声を上げて旋回した。



END




何か微妙に中途半端ですが…
いつきを肩車する忠勝が見たかってん。
忠勝のイメージはアレだ。ラピュタの庭園にいたロボさんです。
でっかいけど心優しいんだぜ! ていう。



2008/01/25 ブログ小話
(UPDATE.2008/6/19)






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