【シザーハンズパロ】(ラビミラver.) 「ラビ君、濡れてるわ」 部屋に入るなり、ミランダがそう言った。 いつもなら、柔らかく笑んで。おかえりなさい、そう言ってくれるのに。 今日のラビを迎えたのは、丸くなった目と、驚きの滲んだ声だった。 「大変。ちょっと待っててね」 そう言い置いて、ミランダは座っていた椅子から立ち上がるとぱたぱたと奥へ向かってしまう。 程なくして戻ってきたミランダの手には、数枚のタオルが抱えられていた。 一枚を広げ、ラビの前に立つ。 「さっきまで晴れてたのに……にわか雨に当たっちゃったのね」 でもそんなに濡れてないみたいね、良かった。 真っ白なタオルでラビの腕や肩を拭きながら、そんなことを言う。 ミランダの言葉を聞きながら、ラビは僅かに首を傾げた。 「ミランダ。俺は濡れても、平気さ」 人間みたいに、具合が悪くなったり、しない。 喋っても笑っても考えても。 ラビは人ではないのだから。 その言葉に、一瞬。 ミランダの手が震え、その動きが止まる。 けれどまた、その手は優しくラビを拭い出す。 「ダメよ、ラビ君。濡れたままでいたら、凍えてしまうわ」 「だから、俺はそれでも……」 「心も、ね。冷えて、しまうでしょう?」 だから放っておいちゃ、だめ。 ラビの胸元にとん、と手を置いて。 まるで幼子に言い聞かせる様な口調で、言った。 少しだけ淋しそうに、笑いながら。 タオルを持った手が、やがてラビの手に触れる。 「ミランダ」 「だいじょうぶ」 諌めるために呼んだ名は、けれど柔らかく遮られる。 危ないのに。 この手は、指は、触れるものを傷つける刃だから。 未完成なラビの、ハサミの手。 触れても触れられてもいけないと分かっているのに、動けない。 そうこうしているうちに、ミランダのタオルを持った手が、ラビの指に触れた。 ふわり、優しく。 ぽん、ぽん、と。なぞるように。 その動作は、まるでラビの指こそが壊れ物であるかのようで。 「ほら、平気だったでしょう」 やがてミランダの手が離れ、そんな言葉がかけられた。 雨の雫が滴っていた指は、すっかり元通りになっていた。 ラビの顔の少し下で、ミランダが嬉しそうに笑っている。 触れたい、と。その瞬間、ラビはそう思っていた。 ミランダの笑顔に、触れてみたい。 けれど、手を伸ばすことは出来ないまま。 ハサミの手では、触れるものを傷つけ切り裂くだけだから。 「ね、ラビ君。少し屈んでちょうだい。頭が拭けないわ」 言われるままに膝を曲げれば、タオルが頭にかけられる。 ラビが屈んだ分、ミランダの顔が近くなった。 この手が、指が、ハサミでなければ。 その頬に触れられるのに。 この手を切り落とせば、その背を抱きしめることができるのだろうか。 でもそれをすれば、きっとミランダは泣くだろう。 そして落としてしまった手では、ミランダに触れることができない。 動かした指と指が当たって、乾いた音を立てる。 耳慣れたはずのその音がたまらなく憎くて、同時にどうしようもなく切なくなった。 「ミランダ」 「なあに?」 「ただいま、さ」 「あ、言い忘れてたのね。ごめんなさい。おかえりなさい、ラビ君」 ラビの言葉に、ミランダがにこりと笑う。 柔らかな笑顔。 優しい声。 触れたいけれど、触れられない。 今までも、これから先も。 けれど、向けられる声と表情だけでも、どれだけ幸せなことか。 だから、どうかどうか。 少しでも長く、永く、このひとと一緒に。 切なる祈りは、雨音に紛れ。 ラビはゆっくりと、目を伏せた。 END |
Web拍手掲載期間→2006.10.26〜2007.01.04 |