【歪みの国のアリスパロ】(アリス=啓太、チェシャ猫=七条)



「う、わあっ?」

 いきなりの浮遊感に思わずもれた声は、情けなくうわずっていた。
 いや、だ、だってこれは、俺じゃなくても驚く、と思う。

「し、七条さんっ」
「はい、何でしょう?」

 驚き戸惑う俺とは対照的に、七条さんは憎らしいほどに変わらない声と表情で。
 にっこり笑いながら首を傾げる七条さんに、だけど俺はそれどころじゃなかった。

「お、下ろしてくださいっ」

 そう、俺は。
 ちっちゃい子みたいに、七条さんに抱き上げられていた。
 確かに俺は七条さんに比べれば背は低いけど、物凄く小柄ってわけでもない。それに比例して体重だってそこそこある。
 と、いうのに。

 七条さんは見た目には軽々と俺を抱き上げている。
 逆は絶対無理だろうなあ…少し悔しい。
 って、そうじゃなくて!

「聞いてますか、七条さんっ!」
「勿論。伊藤君の声を聞き逃したりなんてしませんよ」
「じゃあ、早く下ろしてください〜」

 顔どころか耳まで熱い。真っ赤になってるんだろうなあ。
 だって、この格好は恥ずかしい。
 この場所にいるのが俺と七条さんだけでよかった。誰かに見られたりしたら、恥ずかしさで死ねる気がする。
 必死に訴える俺に、七条さんは綺麗な笑顔のままゆっくりと。

 首を、横に、振った。

「な、なんでですかっ」
「だって君は、海の上を歩けないのでしょう?」
「あ……」
「沈んでしまうよりかは、この方がいいと思いますよ」

 沈ませるつもりもありませんけど。
 笑顔のまま、七条さんは言う。

 最初に会った時から、七条さんの笑顔は変わらない。
 俺に対して譲歩しているように見せてその実、七条さんの思う通りに進んでいるんだろう事態も。
 まるで、変わらない。

「で、でも重いでしょう? こんな、対岸も見えないような距離を抱えていくなんて無茶ですよ」
「おもい、ですか?」
「そうですよ、そりゃ七条さんよりかは小さいですけど俺……」
「オモイって、どういう事ですか?」

 …………
 うわあ、どうしよう。
 当たり前の事って、改めて説明しようとすると難しいんだ。

「ええと…俺を抱き上げたままずっと歩いたら、途中で疲れますよね?」
「疲れませんよ」
「わ、わわっ」

 何とか説明をしようとした俺の言葉を、七条さんがさらりと遮った。
 それから、抱き上げていた俺を更に高く持ち上げてみせた。
 ちょうど小さな子にたかいたかいをするみたいに。

 ただでさえ高かった視点がもっと高くなる。だけど慣れない高さは、正直怖くて。
 俺は思わずわたわたと七条さんの頭にしがみついていた。
 そんな俺に、七条さんはにっこり笑う。

「ね? 疲れません」
「い、今はよくても後からっ……」
「大丈夫。僕は伊藤君を落としたりしませんよ」

 ああ、だからそうじゃなくて。

「石は運べなくても、伊藤君は運べます。そういう事なんですよ」
「はあ……」

 よく分からないけど、七条さんが無理をしてる様子はない。
 それに、こうなったらもうどうしようもない気がした。
 多分何を言っても、七条さんは俺を抱き上げたまま歩いていくんだろう。

「じゃあ、行きましょうか」

 まるで俺の心を読んだかのような絶妙なタイミングで、七条さんは言った。
 誰より何より怖いのは、実は七条さんかもしれない。
 なんて、絶対言ったりしないけど。

 こんな想いも、見透かされているんだろうなあ、きっと。



END



 

 

 


Web拍手掲載期間→2007.5.26〜2007.10.30

歪アリパロをやろうと思った最初のきっかけはこの話だったり。

 

 

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