【シザーハンズパロ】(ハルミハver.) 「何でだよ」 「はる、な、サン」 責めるような咎めるような榛名の言葉に、三橋は困り果てたような顔になる。 普段から下がりぎみの眉がもっと下げられて、一見すると泣き出してしまいそうにも見えた。 けれど榛名はやめない。 ここで諦めたら、手放したら。 「何で諦めようとすんだよ。一人はイヤだつったの、オマエじゃん」 「で、も……オレ、は」 「帰ってどーすんだよ。一人で、一人っきりでまたあの屋敷で隠れ暮らしてくってのか」 「今まで、だって、ずっと」 そうしてきました、と。 おずおずと、けれどハッキリと三橋は言い切る。 今までだってずっとずっとそうしてきた。 だから大丈夫、と。 三橋を造ってくれた人が死んでから、長い永い時間を一人ただ静かに、あの屋敷で。 誰かと関わり、心震わせることも通わせることもなく。 流れて行く時間を見つめながら、過ごしてきたのだと。 そしてそれは、榛名が思うほど悪くはないものなのだ、と。 静かにそう告げた三橋の目が、ゆるり宙を漂う。 遠くを見る目だった。 三橋は今までにもこんな表情を見せることがあった。 昔を思い出す、想い出に意識を向ける、そんな時にだ。 この世界に存在した時間でいえば、三橋は榛名よりずっとずっと年上ということになる。 けれど、その仕草も言葉も考え方も、幼子のようで。 子供のような純粋さと、長くを生きてきた者だけが持てる静かな空気と。 その両方が当たり前のように同時に、三橋の中には存在している。 「……それでも、オマエは知ったじゃねーか」 俯きながら、榛名は尚も言い募った。 優しくて、流されやすくて、騙されやすくて、それでもいざという時には誰より強固になる三橋は。 その決心は、きっともう変えられない。 今更何を言おうが、三橋は榛名の元を去って行く。 止められない。 己の無力さが悔しくて、歯痒かった。 どうしようもないと分かっていて、それでも諦め悪く言葉を続ける自分がカッコ悪いと思う。 けれど、それでも。 失いたくない、その想いの方がずっと強かった。 「今までとは違うだろ? オマエは誰かと一緒に居ること、話すことを知ったじゃねえか。それを知って一人になるってのが……」 「榛名さ、ん。オレは」 「行くな。なあレン、行くなよ。この街に居られないなら、別の街に行ったっていい。こんな田舎の噂話なんて届かないぐらい遠くに行って」 「オレの、この手、じゃ。どこにも、行けない、って」 分かって、いるで、しょう? 榛名の言葉が多くなればなるほど、三橋の口数は反比例するかのように少なくなる。 それでも、雨の雫の様に静かに落とされた言葉は、どこか絶対的な響きを持っていた。 三橋の指が、ハサミのそれはかしゃ、と乾いた音をたてる。 静かで物悲しい、現実を告げる音。 冷たい金属で出来た、刃物である指。 けれどその指が立てる音は、榛名にとって何より優しく暖かな音だった。 榛名は俯いたまま、強く唇を噛む。 一人になりたくないのは三橋ではない。 自分なのだ。 とっくに気付いていた。 「レン、オレ」 「オレは、榛名さん、が……だいすきです、よ」 「……ん」 泣きたい気持ちで、けれど笑う。 不恰好に歪められただけの唇は、きっと情けない顔になっているのだろうけれど。 それでも、三橋が好きだと言ってくれた笑顔を向けながら、そっと手を伸ばした。 三橋の頬に触れながら、ふと思う。 このまま時間が止まればいい。 寒いばかりで雪の降らないこの街ごと、凍りついてしまえ。 止まってしまった時間の中、ずっと一緒にいられれば。 指先が目元に及べば、三橋は目を伏せる。 榛名はそれに息を零し、倣うように瞼を下ろした。 ゆっくりと近付いてくる別れの時間から、そっと目を背けるように。 END |
Web拍手掲載期間→2006.10.26〜2007.01.04 |