【あらしのよるにパロ/三橋視点】
(メイ=三橋、ガブ=榛名)




 だって、ドキドキ、するんだ。
 榛名さんといると。
 榛名さんが狼だからとか、そういう理由じゃなくて。

 どうしてだか、分からないけど。
 あの人といると、世界がキラキラして見える。
 輝いて、広くて、どこまででも行けそうな気になる。

 群れがキライなわけじゃない。
 みんな優しいし、居心地だっていい。
 生まれてからずっと居た場所だ。
 群れの仲間が大切だって気持ちはある。それは嘘じゃない。
 オレは、みんなが好きだ。

 だけど、でも。

 嘘じゃないのに。
 みんなが大切で、好きなのに。
 それ以上の気持ちが在るなんて、オレは今まで考えもしなかったんだ。
 オレがいる世界より、もっとずっと広い世界があるんだってこと。
 オレの中にも、知らなかった気持ちがあったんだってこと。

 群れで過ごしているだけじゃ分からない、知らなかったことを榛名さんといると沢山知れる。
 行ったことのない山の名前。
 初めて見る花。
 あまり見たことのない、満月のこと。

 知識、だけじゃない。
 榛名さんはオレに今まで味わったことのない、感じたことのない、そんな感情があるってことすら知らなかった気持ちを、心を教えてくれた。
 揺さぶって、起こしてくれた。
 生きてるんだって。
 それがどれだけドキドキすることかって、それを。

 榛名さんに会うたびに、ドキドキして、そうして誰かを大切に大切に思うこと。
 そういう抑えられない気持ちがあるんだってこと。
 それを、オレは何度でも思い知らされる。
 オレの中に在る筈の気持ちなのに、オレはもうオレの力じゃ自分の心を止めることは出来ない。
 向かってく。
 たった一人に。

 今じゃあオレは一日のほとんどを榛名さんのことを考えて過ごすようになっていた。
 キレイな花を見ればこれは榛名さん知ってるかな、と考えて。
 天気が悪くて外に出られない日は榛名さんもねぐらでジッとしてるのかな、なんて思って。


 会えることになると、どきどきそわそわ落ち着かなくなる。
 待ち合わせ場所に向かう時は、嬉しくてもどかしくてたまらない。
 オレと、榛名さんは。
 秘密の関係、だから。

 オレの仲間に知られても、榛名さんの仲間に知られても、マズイことになるだろうって。
 オレはあんまり頭は良くないけど、それぐらいは分かる。
 だから、待ち合わせ場所に向かう時は慎重過ぎるくらいにして丁度いいくらいなんだ。
 気をつけながら向かうから、どうしても時間がかかる。

 早く会いたいのに。
 会って話したいのに。

 どうしてオレは羊で、榛名さんは狼なんだろう。
 どうして、仲良くしちゃいけないんだろう。

 会えない時、待ち合わせ場所にそわそわと向かう時、いつもそんなことを考える。
 どうしようもないことなんだって分かってても、考えずにいられないから。

 狼だとか羊だとか、そんなの関係なしに。
 オレは榛名さんが好きで、大切で。
 一緒にいるだけで嬉しくてたまらないのに、それがどうして許されないことなんだろう…?
 大好きなのに。
 大好きだから。
 秘密の関係はくすぐったくて、少し、淋しい。


 今日は出かける時に浜ちゃんに見つかってしまって、いつもよりずっと遅くなってしまった。
 榛名さん、待ってるかな。
 待っててくれる、よね。

 周りに気をつけて、仲間にも敵にも見つからないように気を配って、先を急ぐ。
 風になってしまいたい。
 走りながらそう思った。
 気持ちばかりが急いていく。
 会いたい。
 風になってしまえれば、いつでも会いにいけるのに。
 ああ、でもそうすると、頭を撫でてもらえたりも出来なくなっちゃうんだ。
 それは、イヤだな。

 榛名さんに会う為に歩く道のりは、ただ遠く思える。
 急いでも急いでも、なかなか辿りつかないから。
 だから、オレはその間いろんなことを考える。
 考えることの大半は、榛名さんに向かっていくものだ。
 だけど。

 どんな思いも考えも、榛名さんの姿を見つけるとどうでもよくなる。
 代わりに、榛名さんに会えて嬉しいとか楽しいとか、そういう気持ちでいっぱいになる。


「は、るな サンッ」

「おうレン。今日は遅かったな。だいじょぶだったか?」


 榛名さんは、ちゃんと待ち合わせ場所にいてくれた。
 オレよりも低い声が、オレを心配してくれる。
 嬉しくて楽しくて、ドキドキして。
 ともかく、遅くなったことを謝ろう。
 走ってきたせいで乱れる息の下から、何とかかんとか言葉を絞り出す。


「おそ、遅くなって、すいませ ん」

「いーよ。来たし」


 な? なんて言って。
 優しく笑ってくれるから、オレはただただ嬉しくなる。
 榛名さんが大好きだって、そういう気持ちでいっぱいになる。

 会うたび会うたび、もうこれ以上はないって程に榛名さんへ向かう気持ちは大きくなる。
 もう限界だろうって、いつも思うのに。
 その予想は、榛名さんに会うたびにいつも裏切られる。

 榛名さん榛名さん。
 オレがすごくすごく嬉しいって。
 楽しいって。幸せだって。

 どうすれば、伝わりますか。



END

 

 

 



Web拍手掲載期間→2006.1.19〜2006.6.12

 

 

 

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