【あらしのよるにパロ/榛名視点】
(メイ=三橋、ガブ=榛名)



 白くてふわふわで可愛くて……そんで、うまそうで。
 それが、レンだ。
 この間の嵐の夜に知り合った、大事な大事な…羊。

 レンはちょっとどころじゃなく、変わった奴だ。
 言葉を憚らずに言うなら何というか、抜けてるというか。
 そのくせ、人の心にまっすぐに物怖じせずに入り込んでくる。
 態度や言葉はおどおどしてるくせに。

 思えば、最初に話し掛けてきたのはレンの方だ。
 まっくらな小屋で、声しか分からなかった時も。
 次の日、小屋の前で顔を合わせた時も。


「は、るな サンッ」


 ホラ、今だってそうだ。
 話しかけてくるのはレン。
 躊躇いながら、それでも。
 すとんとオレの内側に入り込んでくる。

 話すのがあまり得意じゃないらしいレンは、少しつっかえるようにしながら喋る。
 癖になってしまっているんだろう。
 最初こそ狼であるオレにびびってるんだろうと思ったもんだけど。
 大分仲良くなってからもレンの喋り方は変わらないから、元からああいう話し方なんだろうと思った。

 これがもし、狼仲間がそういう喋り方をしたら苛々して殴ってるんだろう。
 自分でもよく分からないけど、レンに対しては苛立ったりしなかった。
 最初から。


 今日も今日とて、レンはふわふわと駆けてくる。
 ぽやーっとしているレンだが、走るのはそこそこ速かった。
 それは多分、羊が生き残る為につけた本能なんだろう。
 だというのに。
 ぽんぽんと、跳ねるようにレンが向かってくるのはオレの…狼の元へだ。
 皮肉にも程がある。
 そうして同時に、必死になっているのだろうレンの姿は、オレの心をどうしようもなく暖かくさせる。

 懸命に走ってきたレンは、息が弾んでいた。
 オレの前に立っても、すぐには喋れないほどに。
 多分、仲間を撒いて来たんだろうと思った。
 いつもよりここに来る時間がずっと遅かったし。
 色々聞いてるレンの話から察するに、群れでもちょっと過保護なくらいに構われてるみたいだし。

 ……まあでも、構いたくなる気持ちも分かるんだけどな。
 こーやって天敵の筈の狼と仲良くしちまうぐらいだし。
 しかもそれを嬉しそうに受け容れてるぐらいだし。
 大物って言えないこともないのかもしんねーけど。

 はあはあと肩で息をするレンに、オレは声をかけてやる。
 だってその…何つーかさ。
 きゅっと眉を寄せて見上げてくるレンの目が、言葉以上に物を言っていたからさ。
 遅れてゴメンナサイ、って。
 レンのこの目に勝てる奴ってそうそういねーんじゃねーかと、オレは常々思っていた。
 かくいうオレも負けてんだけど。


「おうレン。今日は遅かったな。だいじょぶだったか?」


 労いの言葉にプラスして、ちょっと笑いかけてやる。
 レンがオレの笑った顔が好きだって、そう言ってくれたことがあるから。
 安心できます、なんて言ってくれたりしたもんだから。
 レンと居る時のオレは、多分普段の三割増くらいは笑ってると思う。


「おそ、遅くなって、すいませ ん」

「いーよ。来たし」


 謝るレンにオレが言うと。
 レンは嬉しそうに、笑った。

 あーコレ。コレだよ。
 この顔。
 この笑顔。
 コレってぜってー反則だと思うんだ。

 世界中の幸せ全部この手にしました、みたいな。
 打算も何もない、ただ嬉しいだけの顔で、レンは笑う。
 レンの笑顔を前にすると、何でだかオレは凄くいい気分になる。
 あったかいみたいな、くすぐったいみたいな。
 胸ん中に春が来たような、そんな気分になる。


「あ、そーだ。コレやるよ」


 オレはねぐらの近くで見つけた花を、レンに手渡した。
 この辺りでは見かけたことがないから、多分レンも見たことのない花なんだろうな、と。
 そんなことを考えた次の瞬間、オレはその花を摘んでいた。


「わああ、キレイです ねっ」

「……アレ、食わねえの?」


 初めて顔を合わせた時に渡したクローバーは、すぐに口の中に放り込んでいたのに。
 今日は渡した花を手に持ったまま、レンはにこにこと笑っているだけだった。
 食べようとする素振りも見せない。
 気に入らなかったのか、それとも食べられないものだったのか。
 首を傾げて問いかけたオレに、レンは照れたようにはにかんで。


「榛名さんが、せっかく 摘んできて、くれた、から」


 言葉を切って、花の匂いを嗅ぐ。
 白い頬に桃色の花が触れ、それがただキレイに思えた。


「おみやげに、します」


 コレがあれば、榛名さんをいつでも感じられる気がする、から。

 何て言って。
 そっと目を伏せたレンを抱きしめたい気分になったのは、不可抗力ってもんだろ?
 だーから、その幸せそうな顔は反則だっつーの。クソ。
 とりあえず、抱きしめるのは何とかかんとか思い止まって。
 オレはレンの頭をくしゃくしゃと撫でた。


 ……それでますます抱きしめたくなった、なんて。
 あーあもう、シャレになんねえ。



END

 

 

 



Web拍手掲載期間→2006.1.19〜2006.6.12

 

 

 

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