…ゆらゆら、してたな。
落ちる鳥 溺れる魚
揺れてたよ、そんだけ。だって力全然入んねえんだよ。
だから頭ん中でいろいろ考えることしかできなくてさ。
揺れながら、引き込まれるみたいに沈んでったんだ。
そりゃさ、苦しかった。俺水の中じゃ息できねえもん。
苦しくて、苦しくて、苦しくて。
口を開けた時にさ、泡が零れたんだよ。ごぼごぼって言ってさ。
水の中って結構音聞こえるもんなんだな? あれは、ちょっとびびったぞ。
ホラ俺、ゴムゴムの実食う前からかなずちだったからさ。
そう、水の中であんな音がするっての知らなかったんだよ。
でもあの音は、あんまいい音ってカンジしなかったな。少し恐ぇし。
…うん、まぁとにかく。ごぼごぼって。音がしたな。
力入んねえし、空気は洩れてっちまうし。
それなのにどんどん水面遠くなって、ずんずん沈んでいくしさ。
ああ、そういえば。
水の中って暗いんだな、結構。もっと明るいと思ってた。
深い所から見上げると、水面って凄く明るく見えるんだよ。
きらきら、光ってさ。海の上から見てる時とおんなじなんだな。
そうなんだよな〜。
力も息も命も奪われて行ってたのにさ。俺、そんなこと考えてたんだよなっ。
そうそう、水の中から見上げた空! やっぱり青かったぞ!
あれが見れたのは少〜しだけ嬉しかったな。ま、苦しかったけど。
でもさ〜、なんでかな?
俺、ちっとも恐くなかったんだ。
泳げないどころか、体動かねえのに。
息もできなくて、水たくさん飲んじまって、すごく苦しいのに。
あの時さ…なんでだか分かんねーけど、海が、俺のこと離したくねーって言ってる気がしてさ。
体にまとわりつく水が、底へ底へと引き込もうとしてんのが、縋りついてくるみたいに思えてさ。
おかしいよな〜?
だって俺、悪魔の実食べたじゃんか。悪魔の実食べた人間は、海に嫌われるって何度も聞かされたし。
俺も、ちゃんとそのこと分かってたのにな?
変だよな。俺は水の中じゃ生きてけねえのに。
海の水、冷たくなかったんだ。いつもは俺に牙を向けてくるのにな。
…だから、俺。
恐いとか、死ぬとか、そういうこと考えてなかったな。
自分が沈んでくことは、ちゃんと理解してたんだけどな。
ああ、でもさ。ちゃんとみんなのこと、考えてたんだぞ?
あの時だけじゃなくてさ、なんかの不可抗力で海に落ちた時に考えるのは、いつもお前らのことなんだ。
またナミに怒られるかな、とかここから出たらサンジの飯食いてえなぁ、とかさ。
俺が死んだ後のこと?
…そんなん、俺は知らねぇよ。
なんだよ、仕方ねえじゃん。そりゃ、悪いとは思うけどさ。
死んじまったら、幾ら俺でもどうにもできないだろ?
どうあがこうと、俺の世界はそこで終わっちまうんだから。
死んだ俺が生きた世界に干渉するなんて、無理な話だろ?
そりゃ、海賊王になれねえのはやだな。
まだ果たしてない約束もあるしな。でも、死にたくないとは思わねえよ。
遅かれ早かれ、人ってのは死ぬもんだろ?
そりゃあ困るさ。
まだ約束も夢も果たしてねぇっつったじゃん。
でもそれが俺の選択してきた上での結果なら、受け入れるしかねえし。
薄情〜? なんでだよ、だってどうにもなんねえことじゃんか。
どうにかなるもんなら、どうにかしてやるけどさ。
………………
だぁから。俺は死にたいワケじゃねえ。
自分の選んだ道の上で、後悔しない生き方をしてる限りは
死ぬことも一つの道なんだって思えるって言いてえんだよ。
分かるだろ? お前だって、そうだろ?
…ああ、でもさ。うん、でもなぁ。
こうは言ってても俺、俺の仲間が死ぬのは嫌だな。
その時はもう、必死であがくんだろうな。
…なんだよ、ワガママって言うなよ。
うん、そいつがな。
俺と同じ考えを持ってて…まぁ、夢に関しちゃみんな俺とおんなじなんだろうけどさ。
まあとにかく、だ。
ソイツが、自分の後悔しない生き方をしてて、その末での死なんだから仕方ないって思ってたとしてもだ。
俺は、認めねーし。
誰が欠けるのも耐えらんねーから、だから俺は、止めるぞ。足掻くぞ、うん。絶対な。
……あ。
ああ、そっか。だからか。ああ〜…なるほどなぁ。
ああ、いや、あのさ。
ローグタウンの後、怒られたこと思い出してさ。だから、怒られたんだな。
今の俺と同じ思いをしてたんだな。そっか、だからか。
俺と同じこと考えてたんだ、お前ら。そっか。ナルホド。
しししっ、なんか、嬉しくなってきちまった。
俺さーなんだかんだ言っても、やっぱ、悔しいんだよ。
泳げないこと。
海賊って稼業をやるうえで、それがどれだけ致命的な弱点になるかってことも分かってんだ。
四六時中海の上にいるのに、泳げないなんてなぁ。致死率、高いよなぁ。
陸の上で暮らしてりゃ、安全だったかもしんねー。でもさ、そんなん耐えられると思うかァ?!
な? 思わねーだろ? 冒険のない世界なんて、息詰まっちまう。
…うん、でも。俺、やっぱ海、好きなんだ。
嫌いになれねぇ。
海ってのは面白ぇよなぁ。
ワクワクさせてくれるし、楽しいこと多いし。
水平線の向こうに何が待ってるのかって考えただけで、俺、楽しくなってきちまうし。
でも、その分海は残酷なんだよな。そのことも、ちゃんと分かってる。
海が一度牙を剥いたらさ。例え能力者じゃあない奴だって命はねぇよ。
楽しかったり、優しかったりするその分だけ。おんなじように海は過酷で、厳しいんだ。
…海賊とおんなじようにな。
な? 分かるだろ? 俺が海を嫌いになれねえワケ。
夢とおんなじなんだ。どんだけ高くても、遠くても。それを求めて手ぇ伸ばしちまう。
理屈じゃねえんだ、そういう気持ちって。求めたり、追ったりするのってさ。
……そう思わねえ?
それにさっ。この船に乗ってる限りは落ちて溺れても、誰か助けに来てくれるだろ?
アーロンに沈められたときもさぁ、そういう思いがあったんだよな。
だから俺、死ぬんじゃねぇかって思わなかったんだと思うぞ?
でもさ、そう考えると海も海賊も仲間も、同じってことになるよな。
んん? だって、そうだろ。
例え嫌われようと殺されかけようと、何されたって俺は嫌いになんねーもん。
な? おんなじだろ?
ああ…でも、一つだけ違うトコがあるな。うん、しかもこの違いは決定的だぞ?
あ? だから、海も海賊も仲間も。俺を殺せるんだ。
でも、お前らは絶対俺を殺したりしねえ。
な? 違うだろ? 決定的だろ?
俺だってちゃんと分かってんだぞ? お前らに会えて幸運だってこと。
俺、悪魔の実食って、能力者になって。海には嫌われたけど、後悔してねーし。
泳げなくなって不運だって言われたけど、その分俺は幸せなんだ。泳げなくても困らねーからさ。
一生泳げなくなるってリスクじゃ安すぎるくらいだって思ってんだぞ? お前らに会えたこと。
へへへっ、これからもよろしくな。一緒に冒険、たくさんしよーなっ!
Fin
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