◆オマケ(伝染する感情)◆
結局白熱のチェス勝負は僅差でウソップが勝った。
勝負の終盤辺りで部屋から出てきたナミは、たかが洗濯当番ごときでどうしてそこまで熱くなれるのか分からないわ、と肩を竦めていたけれど。
理由は何にせよ真剣勝負は見ている方まで力が入る。
横で盤面を見ていたチョッパーは決着が着くと同時に一気に肩の力が抜けるのを感じていた。
勝負に勝ったことで機嫌の良いらしいウソップに、今度チェスのルールを詳しく教えてやるよと言われ嬉しくなった。
見ているのも面白かったけれど、ああまで熱中した様子を見せられているうちに自身でもやってみたいなと思い始めていたから。
本当はすぐにでも教えてもらいたかったのだが、生憎ウソップはナミに呼ばれてしまった(船の修理の必要経費がどうのと言っていたのが聞こえた)。
ゾロはゾロで、毎日繰り返しているトレーニングの時間だと言っていたから相手を頼むわけにも行かず。
姿の見えないニコ・ロビンは女部屋にいるらしかったが、わざわざ呼びにいくのも気が引けた(そもそもチョッパーは基本的に女部屋は男子禁制だと心得ていたから)。仮に呼びに行って手の離せない状況だったら気まずいだろうと思ったのだ。
仕方なく何をするでもなく船の中をぶらついてみることにする。
今日は天気も良いし、波も静かで。
潮の香りがなければ海の上だということを忘れてしまいそうだと、チョッパーは思った。
「いー天気だなぁ」
一人呟きながら太陽を仰いで、ふと気付く。
そう言えば、船長の姿が見えない。料理人もだ。
太陽の位置からして時間はもうすぐ昼に差し掛かろうという所だろう。
いつもなら、いつものゴーイングメリー号なら、この時間はキッチンから食欲をそそる匂いが漂い始めている時間で。
それに触発されるように船長が「サンジー! メシまだかメシー!」と叫んでいたりするのが常なはずだ。
けれど今日は、そのどちらもない。
不審に思ったチョッパーは、二人を探すことにした。
探す、とは言ってもそう広くはない船の上のこと。
二人の姿はほどなく発見できた。
「……」
サンジはナミの蜜柑の木に背を預け、ルフィはサンジの足に頭を乗せ。二人はくーすーと、幸せそうな顔で眠っていた。
ぽかぽか暖かい陽光と、優しく吹きつける風と。
見ている方まで、心がふわっと温かくなってくる。
自分でも理由が分からずに、けれどなんだか嬉しくなって。
チョッパーはしゃがみ込むと、手で顎を支えながら眠る二人をじっと見つめた。
「チョッパー? 何やってんの?」
びくうっ!
そうこうしているうちに背後からかけられた声に、チョッパーは文字通り飛び上がって驚いた。
声のした方を振り向くと、ナミが近寄ってくる所だった。
チョッパーは驚きのあまり声が出ずに、ぱちぱちと瞬きをしながらナミを見つめていた。
「あらやだ。サンジ君の姿が見えないと思ったら、こんな所にいたのね」
チョッパーの隣までやってきたナミは、当然のことながらルフィとサンジをその視界に認めることになるわけで。
寝こけている二人を見たナミは、腰に手を当てて溜め息を吐いた。
「……起こすのか?」
躊躇いがちに問うチョッパーに、ナミは少し目を丸くして。
それからふっと柔らかい笑みを浮かべた。
「サンジ君探しに来たんだけど……そうね、もう少し寝かせておいてあげましょうか」
言いながら、ナミはチョッパーの帽子をぽんぽんと軽く叩いた。
「あの、ゴメン、昼飯……」
おどおどしながら言うチョッパーに、ナミはウインクをしながらひらひらと手を振った。
「もう少しだけよ。もう少ししたら起こすわ」
「うん」
「起こさなかったら一番責任を感じるのはサンジ君だろうし。ルフィはルフィで、一食食べ損なったって騒ぐでしょうし」
「……想像できるな、ソレ」
ナミの言葉にチョッパーは笑い声をたてる。
その声さえ、眠っている二人の邪魔をしないようにと遠慮した控えめなものだったが。
眠る二人と、何だか嬉しそうなチョッパーを横目にナミはすいと腕を伸ばすと。
その手はオレンジ色の太陽みたいな蜜柑を二つ、ゆっくりともいだ。
「ナミ?」
「一つあげるわ。昼食までまだ間があるみたいだから」
「ありがとう」
「い〜い天気だものね。昼寝には気持ちいいわ。いつもこんな天気なら楽なのにね」
言いながらナミはん〜、と伸びをして。
「あと三十分てとこね。それまで気の済むまで見てなさいな」
「うん」
優しい天気は、幸せな光景は、周りの人間を暖かな気持ちにする。
幸せそうに眠る二人と、ナミが見せた優しさと。
それがなんだか自分のことのように嬉しくて。
ひだまりの中、チョッパーはまた笑みを零したのだった。
◆END◆