……それは、唐突だった。







汝、瞳を閉じることなかれ







 胸の内を冷たい風が吹き抜けたような感覚。
「……ルフィ?」
 見渡す限りの、海。島影も船の姿も見えはしない。
 光差す孤独な海の真ん中で立ち尽くし、ふとエースは空を見上げた。何故だか、止まらなければいけないような気がした。
 照りつける太陽は、今日も眩しい。その光は水面に反射し、海をキラキラと輝かせる。



「アイツ…ま〜た無茶やってんだろな」
 ふっと苦笑しつつ、エースは呟く。三年振りに再会した弟は、自分が出港した時と何ら変わらないままだった。
 くるくるとよく動く好奇心いっぱいの大きな目も、何を根拠にしているのか分からない自信も、他人を惹きつけてやまないその笑顔も、何一つ変わることなく。
「声変わりもそんなにしてなかったみてーだしな…」
 強いて言えば、背が伸びていたことぐらいだろう。それでもやっぱり細い手足が、ひょろっと伸びていた。(この場合の伸びる、はゴムだからという意味合いではなく、だな)



 そういえば相変わらず(あの時は確か海軍だったな)、誰かと一緒だった。しかもこれまた強者と、だ。
 ルフィは昔から他人を惹きつける。何が理由かなんて分からないが、他人の視線を、意識を集めるだけの何かを持っている。
 魂が輝いているからだろう、とエースは密かに思っていたりする。言ったことはないし、言うつもりも毛頭ないが。
 強い人間は同じ匂いの人間が意識せずとも分かる。そういうことなのだろうと。
「おれの弟だからなァ」
 呟いて、エースは口元にニッと笑みを浮かべた。
 だがエースは次の瞬間、息をつき目を閉じてしまう。
 一瞬だが、確かに感じた異変。以心伝心とまではいかずとも(何せ今のルフィには常に傍らに仲間が在るのだから)、やはり家族であるが故に通じる何かがあるのも事実。



 ルフィの身に、何事かが起こっている。



 分かったのは、ただそれだけなのだけれど。
「…何、やってんだかなァ」
 ぽつりと呟き、エースは自分の手のひらをジッと見やる。遠く離れた同じ空の下、何者かと戦っているであろう、弟。
 戦っている相手が、人とは限らない。自然かもしれないし、己自身である可能性だってある。
 海賊というのは、戦うものが多い。それに加え悪魔の実の能力者は、その能力と引き換えに海そのものにも警戒しなければならない。
 勿論、海に出たことを後悔しているわけでは決してないのだけれど。ただ漠然と思うことはある。
 海に出ずに、あの村で暮らしていれば。自分の船出に、弟を連れて行っていれば。
 今となってはすべてが『もしも』の話だけれど。そのどれか一つでも選んでいれば、同じ海の上、同じ空の下にいる弟のことをここまで気にかけずにすんだのかもしれない、と。



 ……それでも。
 どの『もしも』を選んでも、ルフィが首を縦に振ることはないのだろうとも分かっている。だから今、それぞれの道に立っているのだから。
 それが俺達の生き方なのだから。例え愚かだと嘲われ罵られても、曲げられない。




 手のひらをぐっと握って、エースは目を開けた。
 弟のことを考える時に目を伏せるのが癖になったのは、確かに村を出てからだった。
「…後悔はしてないが、心配はするんだよ」
 もし互いに戦うその時が来ようとも。自分とルフィに流れる血は変えようもないのだから。
 結局何処までいっても、自分は兄でルフィは弟。手のかかった弟なのだから、尚の事。



「でもなァ、ルフィ」
 空に向かってエースは言葉を紡ぐ。まるで風に乗せて自分の言葉をルフィに届けようとでもいうかのように。
 同じ空の下にいるのだから、今この場で吹いている風がいつかルフィの元へと届く日があってもおかしくはないのだ。



「本当に苦しくてどうしようもなくなったら、おれを呼んでもいいんだからな」
呟いて、エースは微笑する。結局自分は、どこまで行っても『兄貴』であるのだろうなと思う。
 指先が、さっきよりも少し冷えたようだった。





 まだ、呼び声は聞こえない。





 大丈夫、大丈夫、大丈夫。





「お前はおれの弟だ、上手くやれるさ」
 遠く離れた同じ空の下、エースはぽつりと、弟に向けて激励を送った。
 海に出たことを、離れていることを後悔などしない。
 それが互いの決めた、選んだ道なのだから。それでも切実に、ただ願う。






 …汝、瞳を閉じることなかれ。





    END

 

 

 

 

 

 

 

後書き。

初書きエースお兄ちゃんでした〜!
…っていうかメチャ健全やんけ! ここに書く必要あったんかいな! …って話になってしまいました(爆)
時間的にはルフィがクロコに刺された時です。よく双子なんかは片割れに異変が起こるとそれをどことなく察知したりするみたいですが、この兄弟は仲がよさそうなのでこんなことがあってもおかしかないかな〜と。
今回の話は何故かいきなりタイトルが思い浮かびまして。あ、このタイトルで何か書きたいな〜…とかぼけっと考えてたら浮かんできたのがエースだったんですよ。
あ、ちなみにエールじゃないです(笑)この話のルフィはサンジとくっついてます。んで多分エースは気付いてますね。
でもエース好きなので書けて満足ですv しかし家族のことが分からないとうっかりしたもの書けないからなぁ…もっと出したいのに〜。

(UPDATE/2001.10.23)

 

 

 

再録に当たっての後書き。


前サイト(i-mode)からの再録です。金沢的アラバスタ辺エピローグへの指針になったもの。
エース兄が無性に書きたくなって書いた…気がする。
後書きがテンション高くてびっくり。


(UPDATE/2002.1.30)

 

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