だんでらいおん case7



 降り続けていた雨が上がり、雲の割れ目から光が差し込んできました。
 晴れて行く空の下、エースの命はかろうじて世界にありました。
 命が失われる間際に吐き出される息は細く、もう声も出せません。
 血を流し過ぎた身体は重く、どこを動かすことも出来そうにありませんでした。
 声は届いたのか、ひどい雨に無事でいるのか、そればかりが気がかりでした。

 崖の上に見える空が、どんどん晴れ渡っていきます。
 思い出すのは、出会った日のことでした。
 蒼く澄んだ空の下、太陽のような黄色い花が咲いていたことを。

 おまえは笑ってろよ、ルフィ。

 声は出ないので、心の中でそう呟いたときのことです。
 空から、白い小さなものが、沢山降ってきたのは。
 白く柔らかそうなそれは、サバンナには降ることのない雪のようにゆっくりと降り注いできました。

 エースは知りませんでしたが、その白いものこそルフィの残した種たちでした。
 真っ白な綿毛で風に乗り、新たな場所で芽吹き花を咲かせるのです。
 綿毛は、動くことの出来ないエースの上にも舞い落ちてきます。
 暖かくて柔らかい感触に、まるで抱きしめられているようだと思ったのをさいごに。
 エースの鼓動は、時を止めました。
 横たわるエースを守るように、抱きしめるように、白い綿毛が降り注いでいきました。




 姿を消したエースと、雷の日に聞こえた雄叫びの話はしばらくの間サバンナの動物たちの噂になっていました。
 ですがそれも日を追うごとに少なくなっていき、季節が一巡りする頃には誰もそんな話はしなくなっていました。
 そして季節が過ぎ、新たな春がやってきました。

 ある日、一羽の渡り鳥が谷の上を通りかかりました。
 毎年通る道なのですが、昨年同じ場所を飛んだときにはなかったものに目を留めた鳥は、思わず谷に向かって降り立っていました。
 崖の上から谷底まで覆うように、黄色い花が咲いていたのです。
 太陽の光を受けて金色に輝く花は、とても美しいものでした。
 どこからか飛んできた種がここで芽を出し、綿毛を飛ばしたのでしょう。

 一面に咲き誇る花は見事で、鳥は誘われるように谷底まで降りていきました。
 そこで、一面に咲いている花がより密集して咲いている所がありました。
 なんとなくそこへ近づこうとした鳥は、けれど動きを止めました。
 小さく可愛らしい花が、何故かたてがみを持ったライオンのように見えたのです。
 けれどそれは一瞬のことで、吹きつけてきた風にそよそよと揺れる花には、当然のことですが爪も牙もありません。

 ですが、鳥は思います。
 金色に輝く花弁は、まるで獅子のたてがみのようではないか、と。
 雨にも風にも負けずに咲き続ける強さは、生命力は、ともすればライオンにも並び立つものかもしれない、と。
 鳥は知る由もないことでしたが、花が寄り集まっているその場所こそ、エースの亡骸があった場所でした。

 たんぽぽの花は何があったのかは語らず、ただそこに咲いているだけです。
 きっと明日も、明後日も。




END










 

 

一緒に笑おう。


UPDATE/2010.7.31


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