だんでらいおん case5



 痛みを感じ、エースは目を覚ましました。
 身体を起こそうとしますが、あちこちに走る痛みが邪魔をしてうまくいきません。
 首だけを起こすようにしながら辺りを見回せば、木や縄が散乱しているのが見えました。
 その残骸があの吊り橋で、渡っている途中に橋が切れ落ちたのだと気づくまでに、そう時間はかかりませんでした。

 上を見ると随分高い所から落ちてきたようで、空がひどく遠くにありました。
 崖の間から見える空は狭く、しかし雨はその隙間から降り続いていました。

「流石、に……ヤベェ、かな」

 出した声は、弱々しく掠れたものでした。
 痛いのはあちこちが折れ傷ついているからで、熱いのは腹の辺りに深く刻まれた傷から出血しているせいだと、エースはすでに分かっていました。
 ふさがりそうにもない傷からは血が流れ続け、おそらく自分が助からないであろうことも。

 でも、まだ、することがある。

 痛みに呻き、ともすれば手放しそうになる意識を必死で繋ぎとめながらも、エースの目には強い光が宿っていました。
 動けないエースに出来ること。
 雨の中一人でいるだろうルフィに、大丈夫だと告げること。
 そのためには。

 エースは深く深く息を吸い込みました。
 内臓も傷ついているらしく、息を吸った拍子にびりりと走った痛みに目を細めましたが、構わず顔を天へと向け、そして。
 大きな大きな声で、吠えました。
 それは百獣の王と呼ばれるに相応しい、雄々しく猛々しい声でした。
 エースは、ルフィに語りかけるように呼びかけるように、二度三度、吠え声をあげます。
 届け、届け、と祈るように思いながら。

 おれはここにいる。
 平気だ。
 おまえはひとりじゃない。
 ここにいる、ここにいる。
 おれの心は、いつだって。

 幾度かの雄叫びの後、エースは上げていた顔を力なく地面に横たえました。
 伝えるのは、元気な声だけ。それ以外の声は届けないと、最初から決めていたのでした。
 傷ついた身体ではこれ以上声を上げることは出来そうもありません。
 降り続ける雨は容赦なく、エースの身体から血と体温をどんどん奪っていきます。
 全身を濡らす雨がまるで涙のように感じられて、エースは少し笑いました。

 死の間際になって、こんなにも自分以外の誰かを想うなどとは考えていなかったのです。
 それが悪くないと、むしろこんな気持ちになれていることが嬉しいとさえ感じている自分が、おかしくも感じられて。
 身体は冷えていくばかりなのに、温かなままの胸の内が、ただ愛しくて。
 エースは小さく、喉を鳴らしました。





 

 

ここにいる。



UPDATE/2010.7.31


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