君と並んで



「あーもう、真っ暗じゃねえかよ……」
「そうだな、夜だしな」
「んな事ぁいちいち言われなくても分かってんだよ」

 思わずため息がこぼれた。
 太陽はとっくの昔に沈んで久しい。夕暮れ時なぞとうの昔に過ぎ去り、今の時間帯はまごうことなく夜だ。
 もっと言えば、夕飯時だ。
 考えると腹の虫が存在を主張しそうな気がして、ぐいぐいと思考の端にそれを押しやろうとする。
 が。

「あ、腹鳴っちった」
「……おまえなあ……」

 ぐううう、と空腹を主張したのはエースの隣を歩くルフィの腹の虫だった。
 せっかく意識しないでおこうと思ったのに、自身の努力が水泡に帰す瞬間を目の当たりにして力が抜ける。
 ルフィはと言えばエースの心情を知ってか知らずか(十割の確実で知らないだろう)、腹を擦りながら笑っている。
 けれどよくよく見ればその眉が少しだけ頼りなさげに下がっていて、詰る気も失せた。
 腹が減ればどうしたって元気がなくなるし、不安にもなりやすい。
 色々と言いたいことがあるにはあるが、今はとにかく早く帰る方が先だと判断する。

「おれも腹減った。さっさと帰ろうぜ、ルフィ」
「おう!」

 促せば、ルフィはにかっと笑ってエースに向かって手を差し出してきた。
 エースも少し笑い、その手を握ってやる。
 3つだけ年下のはずのルフィの手は、けれどエースのそれよりずっと小さくて子供っぽくて、ぽわぽわと温かい。
 重なった手のひらから、じわりと溶けていく何かがあるような。

 それとなく手元に視線を送れば、しっかりと握り合った手と手がある。
 無防備に預けられた手は、何を語ることはなくとも言葉以上に色々な物を伝えあっているように見えた。
 信じてる、も。一人じゃない、も。
 一緒にいられて嬉しい、も。

「あ!」

 不意にルフィが声をあげ、立ち止まる。
 何事かと見やれば、ルフィの目は上を向いていた。
 エースと繋いでいない方の手が、ぴっと天を指す。

「見ろよエース! ふたごの星だ!」

 ルフィの指と視線の先を辿ると、確かにそこには二つ並んだ星があった。
 寄り添うように隣り合った星は、ちかちかと音もなく瞬いている。
 何となく、それが今の自分たちに重なった。

「おれたちと一緒だ。な、エース」

 言ったルフィが、握った手を嬉しそうに振った。
 まるでエースの思考を読んだかのような言葉に、不覚にもすぐに返事をすることが出来なかった。
 そうだな、と言えばいいだけの事なのに。
 握った手が温かい。
 手を繋いで歩いたことなんて今まで何度もあるのに、胸のどこかをきゅうと掴まれたような気分だった。

「……ちがうぞ、ルフィ」
「んん?」
「星は並んでるだけだけど、おれたちは手を繋いでる。だから、おれたちの勝ちだ」

 本当は、こんな事に勝ち負けなんてないと、知っているけれど。
 なんとなく、そう言ってしまいたくなった。
 ルフィは一瞬きょとんとした顔をしたが。すぐに、満面の笑みを浮かべた。

「そっか、勝ちか!」
「うん、勝ちだ」
「おれたちの勝ちだぞー!」

 空に向かって言いながら、ルフィは握った手を掲げて見せる。
 エースも笑って勝ちだぞー、と言っておいた。
 そうして手を繋いだまま、家へ帰るために歩きだす。
 空腹は相変わらずだったけれど、胸の内のどこかが満たされているような気がした。

 世界には星の数ほどたくさんの人がいて、それでも出会えたこと。
 こうして並んで、手を繋いでいられること。
 無数の星の中から、二つ並んだ星を見つけたその目で、おまえがおれを見つけてくれた事を。
 世界中に自慢したい気分だって、そう言ったら。
 おまえは、なんて言うだろう。

 難しいことは分からないけど、おれは。
 おまえと並んで歩けることが、嬉しい。
 きっとずっと、いつまでも。
 おれはお前の隣りを歩けたことを、手を繋いでいたことを、忘れない。
 そう思うんだ。




 

 

幸せエール祭に捧げさせて頂いた話。
この調子で海へ出た兄ちゃんはスペード海賊団でも白ひげ海賊団でも弟の話をしまくったんだろうな、と。

UPDATE/2010.2.22


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