これは違う。こんなの違う。こんなことあるわけない。
 どんなにそう否定しても、やはり同じ結論に達してしまう。頭の中で警鐘が鳴り響くが、そんなモンはとっくに効かなくなってる。
 ヤバイ。マズイ。オカシイ。
 信じちゃいないけどここまでくると言いたくなる。






…神サマヘルプ!






 ヤバイ。かなり、ヤバイ。




 冗談でも洒落でもなく、自分がこんな思いを抱くようになるとは想像だにしていなかった。



「クソいてえ…」
 胸が、心が。切り裂かれるような激しい痛みではなく、棘が刺さったかのような鈍い痛みがある。痛みそのものは大したものじゃないはずなのに、消えることのない痛みが意識を支配していく。
 真剣な横顔が、向けてくる笑顔が、不敵な表情が。その全てが好きで、全てが心を掻き立てる要素になっている。
 俺の態度は不自然じゃないだろうか。表情は引きつっていないだろうか。この所そんなことばかり考えて生活しているせいか、疲れが溜まる。




「サンジ、具合いでも悪いのか?」
「っっだぁ?!」
 突然目の前にひょこっと顔が現われ、サンジは驚きのあまり座っていた椅子から勢いよく立ち上がっていた。ややあってガタン、と鈍い音が背後から聞こえる。どうやらイスが倒れたらしい。
「サンジ? どーしたんだ?」
 サンジを驚かした張本人は、きょとんとした顔でサンジを見つめてくる。



 人のこと心臓が止まんじゃねーかと思うぐらいビビらせておいて、何をぬけぬけと…



 一瞬、蹴りの一つでもお見舞いしてやろうかという物騒な考えが脳裏をよぎったが、大人げないなと思い止まる。 この船に来てから、自分も随分我慢強くなったなと思う。
 それもこれも、ほとんどがただ一人の所為だったりするのだが。
「お前がいきなり出てきて驚かせたんだろうが、クソゴム」
 自分を我慢強くさせた張本人に、溜息を吐きつつそう言ってやる。だがそれを言われた本人といえば。
「あ、そうだったか? 悪ィな」
 へへへ、と笑いながら言うルフィに反省なんかしてねーだろ、と毒づきつつ、サンジは倒れたイスを起こしどっかりと座り直した。それを見ていたルフィも、サンジの横のイスにぺたんと腰を下ろした。



 何っっで隣に座るんだよ?! 向かいだろ、フツーは!



 サンジの心の叫びを、ルフィが知る由もなく。
「…で?」
「で? って何だ?」
「…っだから、何か用があって来たんじゃないのかよ?」
 どうにもコイツは天然で、話していると苛立ったり疲れたりすることが多い。誰とでもこの調子で話すから、必要以上に敵を怒らせたりするのだろう。



 …意識してないのに挑発上手ってのが厄介だよな。



 大体にしてその被害が船員にまで及んでしまうことを考えると、何とかしなければいけないのだろうとは思うのだが。
「別に、用はねーんだけどさっ」
「…用もねーのに声かけたのか?」
「おうっ」
 躊躇する様子も見せずに頷いたルフィに、思わず頭を抱えたくなった。サンジの様子に気付かないのか無視を決め込むつもりなのか、ルフィは言葉を続ける。
「サンジが一人で座ってんの見えたからさ。何かやってたら邪魔しなかったけど、なんか暇そうだったから」
「…暇じゃねーっての」




 サンジの声のトーンがいつもより低くなる。サンジを見知った者でなくとも、これは不機嫌なんだろうなと分かるような態度なのだが。
 ルフィの態度は、全くといって言いほど変わらなかった。くるくるとよく動く大きな目も、常にどこか嬉しげな口元も。



 …ああ、要するにこいつはガキなんだよな。



「俺だって考え事くらいすんだよ。ま、お前には縁のねー話だろうけどな」
 子供相手だと思えばそう腹も立たない。発想の転換というやつだ。サンジの言葉にルフィは抗議するように唇を尖らせた。それが子供のする表情そのままで、サンジは思わず吹き出しそうになる。
「何だよ、俺だって考え事くらいするぞっ!」
「ふーん…ま、どうせ今日の夕飯は何だろうなー、くらいだろうが」
「えっ、何で分かったんだ?!」
 本気で驚いているルフィに、お前の考えてることは分かりやすいんだよ、とでこピン付きで告げてやる。ルフィは弾かれた額をさすりつつ、首を傾げた。





「うーん…」
「何だ?」
「そっか、考え事してたのか…」
「ああ、だから暇じゃねえ」
「なあ、そしたらさ…」
 暇じゃないからどっか行け、とばかりにひらひらと手を振っていたサンジだが、ルフィが続けた言葉に表情も動きも固まっていた。




「なんか苦しくなるよーなこと、考えてたのか?」




「な…」
 いつもなら軽くあしらえるはずなのに、ルフィの言葉に返事ができなかった。虚を突かれた、というのはこういうことをいうのだろう。いきなり核心を突かれ、咄嗟の判断ができなかった。
「ここに、ぎゅうって皺よってたぞ」
 言いながら、ルフィは身を乗り出し固まっているサンジの眉間にとん、と指で触れた。瞬間、サンジの鼓動はぽーんと跳ね上がる。しかしながらここで表情にまでそれが現われないのは、さすが百戦錬磨とでも言うべきか。
「…そうだったか?」
 苦し紛れに言葉を絞り出しながら、サンジはさりげなく体を遠ざける。
「ああ、そうだったっ」
 だがサンジの心境など知らないルフィは力強く頷きながらずいっ、と距離を詰めてきて。



 っだ…だから、寄ってくんなっての! なんでテメーはいちいち人に近寄らないと話ができないんだよ?! 話ならある程度の距離をおいてもできるだろーがっ!! 



 内心での叫びはほとんど悲鳴にも近いものだった。だがルフィがそれに気付く可能性はといえば、それはもう皆無に近く。



 前ぶれなく核心を突くなんて芸当ができるくせに、肝心な所で気が回らないってどーいうことなんだよっ?!



 できることならその頭をガクガクと揺さぶりながら、問いただしてやりたいところだが。今のサンジにそれができるほどの精神的余裕はない。
 そうこうしているうちに、ルフィはまたもサンジとの距離をずずいっ、と縮めて。くるくるとよく動く瞳に自分の顔が写ってるのが確認できた時、サンジは自分が笑い出したいのか泣き出したいのかさえも分からなくなってしまった。





 ルフィはサンジの顔を心底心配!とでも言いたげな表情で覗き込んでいる。
「何かあったのか? 言ってみろよ」



 どこの世界のバカが好きな相手に恋愛相談なんざするってんだよ?!



 いっその事そう怒鳴りつけてやりたい心境にまで陥ったが、なんとか踏み止まる。



 理性理性。



 内心でぶつぶつとそう呟いているというのが、何とも情けない所ではあったが。まぁ外見的には問題ないのでよしとしよう。
「…いや、別にいい。ホントに大したことじゃねぇし」
 いやまあ、大した事ではあるのだが。それをこの場で告げることなどできるはずもない。
 サンジは内心での葛藤と叫びを押しとどめ、呟くような声音でそう返した。と、その一瞬。目の前にあるルフィの顔がくしゃっと歪んだ。
 泣き出しそうに見えたそれに、サンジの心に動揺が走る。思わずその頬に手を伸ばしそうになり、しかしサンジは理性を総動員してそれを押しとどめた。
「そっか。うん、まあ、仕方ないよな。俺って相談役には頼りないだろうしな」
 言いながらルフィはサンジの視線から顔を隠すように俯いてしまう。声の調子を聞く限り泣いているわけではなさそうだったが(しかしながらルフィが感情的になって泣くことはあるのだろうか、サンジは未だに見たことがない気がした)、それなりに落ち込んでいるのは間違いなさそうだった。




「お、おいルフィ…」
「ただ俺、船長だしさ。サンジを誘ったのも俺だし。サンジはいつも俺らの為にうまい料理作ってくれるし」
 そこまで言って言葉を切ると、ルフィはようやく顔を上げた。いつもよりか沈んだ声音だが、予想に反してルフィはサンジに笑顔を向けた。
 だがこの場面で見せるような表情ではないが故に余計に、ルフィの見せた顔は痛々しさが漂っているように感じられた。
「だから、ちょっとでもサンジの心を軽くできればいいなとか…思ったんだけどさ」
 俺じゃやっぱ、悩み相談は頼りないよな。そう言うと、ルフィはサンジに密着するように寄せていた体をすい、と離した。
 ルフィの言葉が分からないわけではなかった。自分の身を案じてくれていることは痛いほど理解できたし、その気持ちは嬉しかった。けれど…
「ゴメンな、邪魔して」
 言いながら立ち上がったルフィはまたサンジに笑顔を向け、キッチンを出るためにサンジの横を通り抜けた。その表情がサンジに重くのしかかることを知らずに。




 謝るな。お前が悪いわけじゃないだろ。俺が言えないのは、お前に見せられるものばかりじゃないからだよ。俺の中はどろどろなんだ。それをお前に見せるのが嫌なんだよ。…怖いんだろうな、多分。それを知られて、お前との今のような関係をも失うことが。結局の所、俺はただ臆病なだけなんだ。




「ルフィ?」
 キッチンを出ようとしていたルフィの歩みが止まっている。それに気付いたサンジは怪訝そうに眉を寄せた。
 距離にして、約二歩。手を伸ばせば、多分届く距離。
「サンジは一人で頑張りすぎなんだ。だから、心配になる」
 …そりゃお前だろ、と心の中で呟く。一船を率いる頭のくせして、人一倍ムチャなことばかりして。その度に船員たちがどんな思いをしていることか…。
「ナミを医者に連れて行った時だってそうだ。あの時、すげえ怖かった」



 ああ…あん時な。あれはさすがにキツかったな。でもまぁ…二人分と一人とじゃ、重みが違うだろうが。



 思いつつ、これを口にしたらルフィはきっと顔を真っ赤にして激昂するに違いないな、などと考える。それでもルフィに比べれば自分の行動などまだマシだと思うのだが。
「俺…誰がいなくなるのも、すっげー嫌だ。ホントはさ…ビビの気持ちも、よく分かるんだ」
「ビビちゃんの気持ち?」
 そう問うと、ルフィはサンジを振り向きこくんと頷いた。
「ん。誰が傷つくのも嫌だって言うじゃんか。ビビは」
「ああ…」
「そんなのは無理だって分かってるけど。でも、そうであればいいなって思う気持ち自体はさ、間違いじゃないと思うんだ」
 ゆっくりとした口調で言うルフィの表情は、ついぞ見ないほど穏やかで。




「…そんで?」
「だから、サンジにもいなくなって欲しくねえってことだ」
「ふーん…」
 興味なさげに頷きながら、サンジは内心で毒づくことを忘れない。よく言うぜ。一度死にかけた奴がよ。
 ルフィを相手にしていると自然とココロの中でのコトバ、というやつが多くなる。思ったことの半分も口に出せないというのがここまでストレスの溜まることだとは、つい最近まで知らなかった。
 始まりは、ルフィに対する自分の気持ちを理解したその時からだ。
「何かあったなら、誰かに言った方が楽になるぞ。俺で頼りなきゃ、ナミとか…チョッパーとかさ」
 言いながら、ルフィはまた笑みを覗かせる。
「しねえよ」
「?」
「相談なんざ、するわけねーだろ。この俺が」
「サ…」
 突き放すようなサンジの言葉に一瞬何か言いかけたルフィだが。口を閉ざし、何かに耐えるような表情でぎゅうっと唇を噛んだ。
「それは…サンジが決めることだからな。俺が口出すことじゃねぇよ」



 そーやってまた、手を伸ばしかけておいて踵を返すのか?



 怒りにも似た感情と、それを抑えようとする理性とが複雑に絡み合い自分でも何を考えているのか分からない。ただ分かるのは、今の自分はとても冷たい目をしているのだろうな、ということだけ。
「…れよな…」
「なんだ?」
 ぼそり、と呟くように言った言葉を聞き取れなかったらしいルフィが、サンジの顔を覗き込むようにして聞き返す。
「責任とれっつったんだよ。お前が誘ったんだからな、この船に」
「責任?」
「そ。責任、だ」
 言いながら手を伸ばして、ルフィの腕を掴む。こんな風にルフィに触れるのは、実は初めてだったりする。さっきまでの自分なら、こんなことできなかったに違いないのだろうけど。頭の中が麻痺したようになっていて、思考が上手く働かない。
 ルフィは人懐こいように見せておいてその実、人の心の奥深くまでは踏み込んでこないように思える。自分も相手も傷つかない距離までしか踏み込んでこないのだ。
 それがサンジの勘違いなのか、ルフィなりの配慮のせいなのか、それともルフィへの思いがある故にそう感じてしまうのかは、今のサンジには分からなかったが。





「サンジ、責任ってさ…」
「それが筋ってもんだろ?」
「サンジ、俺さぁ…」
「…んだよ」
「なんか、お前には悪いんだけど。俺今、嬉しいかもしんねー」
「…はぁ?」
 またも突拍子もないことを口にされ、サンジは思わずバカみたいにぽかんと口を開けてしまう。ルフィはそんなサンジを尻目に嬉しそうに笑って。それから何が起きたかと言うと。
「…!」
「だって俺じゃ、サンジの力になれないと思ってたから。だから、頼ってもらえたのが嬉しくて仕方ねーんだ」
 頭の上から聞こえてくる声は、嬉しさと誇らしさを足してニで割ったような、弾んだ声音で。だがサンジはその言葉に反応することができなかった。
 唐突に訪れた、ぬくもりの所為で。自分がルフィに抱きしめられていると気付いたのは、そのすぐ後だった。それまでは恐ろしいほど冷静だった鼓動が、一気に全力疾走を始めた。
「ル…フィ?」
 髪を、撫でられている。強敵たちを打ち倒して行く力がどこにあるのかと驚いたことのある、年の割には細い指が。サンジの髪を絡ませては離し、を繰り返している。



 何か…何つーんだろ、これってさ、これってよぉ?



 混乱する。動悸が激しい。ルフィの匂いが鼻腔をくすぐる。硬直かつ茫然自失状態のサンジだったが、ルフィはそんなサンジの頭を撫でることをやめようとはせず。
「…子供体温だなーお前」
 やがてサンジは、微笑しつつルフィにそう告げてやる。ルフィからは勿論、サンジのその表情は見えていないのだが。みっともないくらいに跳ねている鼓動を抱えながら、サンジはされるがままにルフィにもたれ掛かった。
「子供ぉ?」
 ムッとしたような声音でそう返すルフィだが、サンジの答えが返ってこないのに諦めたように息をついて。それでも意趣返しとばかりに触れていたサンジの髪を軽く引っ張る。だがサンジにしてみればそれすらも心地よい刺激でしかなくて。
「あーあったけえ…」
 眠くなりそうだ、と呟く言葉がすでに、欠伸混じり。
「へへ…機嫌、治ったみたいだな、サンジ」
「んんー?」
「声で分かるぞ、サンジって自分で思ってるよりもずっと分かりやすいからなっ」
 くすくすと笑い混じりのルフィの言葉に、サンジは少なからず憮然とした表情にならずにはいられなかった。



 コイツに分かりやすいって言われるとは、俺もまだまだだな…。ポーカーフェイスには結構自信がある方だったのだが(まあルフィのストレートさ具合いは今時天然記念物なみだろう)。



 そんなことをぼんやりと考えていたサンジだったのだが、ふと悪戯心が芽生える。
「いや、まーだ治ってねぇぜ?」
「ええ?」
 その時、サンジの口元が意地悪く歪められたのを、ルフィは知らない。
「だーかーら、治ってねぇっつってんだよ」
「サ…うひゃあっ?!」
 ルフィがサンジの言葉に困惑したように身じろぎしたのを合図に、サンジはルフィの背に手を回して。そのまま力任せにぐい、と引き寄せるとルフィはサンジの膝の上に座り込む格好になる。
 何が起こっているのか分からないのか、抵抗らしい抵抗を見せないルフィに気を良くしたサンジは、ルフィの背に回してある手に力を込めた。
「やっぱ、子供体温だ、な。お前」
 どうやら流されやすいらしいルフィに、サンジはくっくっと忍び笑いをしつつそう告げてやる。



 しーっかし軽いね、コイツは。あれだけ食べるくせして。…それに、無防備だしな。



 そんなことを考えながら胸元に耳を寄せる。当然のことながら聞こえてくるのは、ルフィの鼓動。途切れることのないそれはまるで、人の心を安心させるリズムのようで。
「どーせ、俺は子供だよっ。悪かったな」
 ムクれたような口調で言いつつも、ルフィは自分に甘えるようにもたれかかってくるサンジを振り払うことはせずに。さらさらの金髪を、大事そうにぎゅっと抱きしめてみたりする。
「あったけえ…」



 あーなんか、イイカンジだなぁ。しかし俺もルフィのこと言えねーな、これじゃ。



 ルフィの体温に、鼓動に、生きていることに安堵している自分に気付いたサンジは、苦笑していた。
 何だかんだと、自分は今の今まで引き摺り続けていたのかもしれない。ローグタウンでの、あの一件を。ルフィを失っていたかもしれない、あの出来事を。自分の耳で鼓動を確かめるまで、自分の腕で体温を確かめるまで、失う恐怖に晒された心が安心できていなかったのだ。
「んなことばっか言ってっけど。サンジだって…充分あったかいじゃんか」
「そりゃまあ、生きてっからな」
「なんでかな。何か…」
「なんか?」
「安心する」
 ルフィのその言葉にサンジは軽く吹き出していた。なんだ、同じ事考えてやんの。その気配を感じたらしいルフィが唇を尖らせる。
「なんだよ、なんで笑うん…」


 途切れた言葉。正確に言うと、途切れさせられた、言葉。唇に触れた感触。





 …沈黙。





「………あ?」
 相変わらず自分の身に何が起こったのか理解できていないらしいルフィに苦笑しながら、サンジはルフィの頭をくしゃりと撫でてやる。サンジの膝の上に座っている為、ルフィの目線はサンジよりも少し高い位置にある。いつもと変わらない瞳に、サンジはふっと笑みを洩らす。
「食後…つーにはちょっと時間経っちまったけど。ティータイムにでもするか?」
「おおッ! するするっ!」
 サンジの申し出をルフィが断るワケがなく。目を輝かせて頷く姿が人を疑うことを知らない小動物のようで、自然と笑みが零れてしまう。
 サンジはルフィを膝の上から下ろし立たせると、自身もイスから立ち上がった。とりあえず今は自分の作る料理を『おいしい』と笑って食べてくれる誰かがいるから、それでよしとしよう。






「ん? どした、ルフィ」
 ルフィが立ったまま自分を見ているのに気付き、サンジはそう聞いてやる。その視線が何か言いたげだったので。そんなサンジをルフィは手招きする。
「サンジ、耳貸せ、耳っ」
 言いながらルフィは背伸びするが、身長差のせいでそれだけではサンジの耳元には届かない。
 サンジが少し膝を曲げて高さを合わせると、ルフィは嬉しそうにサンジの首筋にしがみついてくる。耳元にかかる吐息も、縋り付くように首に回された腕も、ついさっき聞いた鼓動のように暖かくて。反則だろ、などと考えているとルフィの声が鼓膜を揺らした。



「サンジはやっぱ、笑ってる方がカッコイイな」



 そりゃもう、会心の一撃!なお言葉。とりあえず笑いながら『そんなの当たり前だろ』とでも返せれば問題なかったのかもしれないが。それを言う前にルフィは次の行動を起こしていて。
「へへっ。さっきのお返し、だっ」
 してやったり、とばかりに笑いながらサンジから離れるルフィと、何が起きたのか現状把握がしきれずに呆けて硬直しているサンジと。
 サンジが我に返ったのは、皆を呼んでくるとキッチンを出て行ったルフィが開けたドアが閉まる、その音でだった。
「重症だ…」
 ぽつりと呟いた声音が自分のものとは信じられないほど情けなくて、またも肩を落とす要因の一つにしかならずに。




 今の自分は柄にもなく上気した顔をしていることだろう。頬が熱い。ルフィの唇が、掠めるようにして触れていった場所が。
「人の気も知らねーで…」
 言いながらサンジはあることに気付いていた。ルフィは人の心に必要以上に踏み込んで来ないと考えたが、それは正しくなかったと。ルフィにはまだ『特別』な存在ができていない。
 ルフィが周りの人間に向ける感情は、まるきり子供のままなのだ。誰か一人の『特別』がいないから、結果として『みんな好きで、大切』になってしまっている。
 女には特に誤解されやすいタイプだな、アレは…。ここが海上で自分たちが海賊だからこそ、特定の誰かと長く付き合うということはないが。陸の上じゃ混乱の種なんだろな、ああいうタイプは…
 そんなことを考えていたサンジは、気付いていなかった。自分も天然人間…即ちルフィに惑わされた人間の一人だということに。




「クソ…こんなん、アリかよ…」
 言いながらサンジは手の甲でルフィに触れられた場所を押さえた。未だに、熱いままだ。心臓に至っては全力疾走後のように早鐘を刻んでいる。
 大した事なんてされていないはずなのに。自分がここまで振り回されるとは、思ってもみなかった。もう、否定しきれない。
「…覚えてろよ」
 呟く物騒な言葉も、頬を染めたままでは迫力も凄みも全くなく。




 しかしながら。ここは、百戦錬磨のプライドに賭けまして。


 自分の方へ振り向かせないまま終わることなど、できない。


 とにもかくにも、開き直って認めてしまったからには、今更後戻りもできないワケで。


「やっぱ…餌付け、かな…」
 まさかこんな事を呟かれているとは知らないルフィは、今日もまたサンジの作った料理を幸せそうな顔で頬張るのだろう。
 仕掛けられた罠に気付いた時、ルフィも言ったりするのだろうか。自分が思わず祈ったその時のように。
『神様ヘルプ!』…と。
「…ま、そんな思い感じる暇なんざやんねーけどな」
 先行きの見えない勝負ではあるが、火蓋は切って落とされたらしい。勝負に参加しているはずのもう一名は、自分がそんな勝負に参加させられていることも知らないのだろうが。





 とりあえずまあ、言えることといえば。祈る方向性は変わった、ということくらいだろうか。


「ま、祈らなくてもぜってーモノにしてやる自信あるけどな」


fin

 

 

 

 

 

 

 

◎後書き◎

なんだか今まで小説部屋が滞っていたのが嘘みたいなスピードで仕上げました、この話…そして今回のタイトルは、昔懐かしチェッカーズの曲からです。いい曲なので一度聞いてみてくださいませ!
 しっかしまた長いんですが。何で短くまとめられないのか自分。しかも詰め込みすぎだ、今回。その上サンルというか、サン→ルじゃんか!
 看板に偽りあり。イエローカード。ってそんなんあるんやったらとっくに退場…を通り越し追放になってるだろう、情けない自分。まあ、金沢的サンル、序章ということで。これの後日談とか、ルフィ視点で書いてみたりして。とかできもしないことを言うな自分。イエローカード。あ、退場…ってなわけで逃げます! 感想などくださるお優しい方は、同人掲示板か私書箱まで! では逃げっ! ぴゅう!

(UPDATE/???)

 

 

再録においての後書き。

一番最初に書いたワンピ話です。
今でもそうですが、サンジがヘタレで泣けてきます。
どうやら最初からうちのサンルは『情けないサンジ』と『天然王様ルフィ』がのさばっていた模様です…
一応これにはルフィ視点の続編があったりします。
話的にはサンジ君の内心でのどろどろ具合が出てて、まぁ好きな方だったり。

(UPDATE/2002.1.30)

 

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