日毎夜毎貴方は私を殺していくから









 情事後特有のなんとも言えないけだるさに身を任せながら、

 ぼんやりと海の音を聞いていた。

 夜の海は昼間の海とはまた違う空気を醸し出して。

 でもそれもいいなぁとぼんやり思う。

 お気に入りの船首とはまた違う景色の見える、ここは見張り台。

 一番はやはり船首なのだけれど、

 ここも高くていいよなぁなんて考えてみたりして。

 ふと見上げた空に輝く、満点の星。

 きらきらと輝くそれがガラス玉のように見えて、

そういやガキの頃集めたなぁ、と何故だか感慨に耽った。

 幼い頃の、けれど今では手元にない宝物。











「……たのに」
「あ?」
「せっかく、風呂入ってきたのに」
「そりゃ悪かったな」
「……謝る気ゼロだろ、お前」
 反省の色など皆無の口調で言われても、腹立たしさがいっそう増すだけだ。
 かと言って、本気で憎みきることなどできない自分がいることも百も承知の上なのだが。
 煙草を銜える男の横顔が、なんだかどうしようもなくカッコイイなぁなんて思えて。
 訳もなく悔しい気がした。



「ぶ、なんだよサンジ?」
 ぼけっとサンジを凝視していたら、不意に頭から毛布を被せられた。被せたというよりは放ったと言った方が表現的には近かったような気もするが。
「服着る気がねーんなら、せめて被っとけ。風邪でもひかれたらおれがどやされんだからな」
「分かった」
 サンジは素直じゃねえなぁ、なんて考えながら毛布を羽織る。それは思っていたよりもずっと暖かくて、つまりは自分の身体がそれだけ冷えていたのだということに今更ながら気付く。
 この男は相変わらずこういう所で気が回るのだ。それが喜ぶべきことなのか、それとも嘆くべきことなのかは分からないが。
 取り敢えず今はその好意を素直に受け取り、ルフィは大人しく毛布の暖かさに身を委ねることにする。
 イッた後は身体がどうしても火照るから、存外夜の空気が冷たいことにまで気が回らなかったのだ。




 ああでも、火照ってるのは気持ちだよな。どっちかっつーと。




 昂ぶるのは、身体だけじゃない。気持ちと、心もだ。
 そうでなければ、あれほどまでの心地を感じるわけがない。
 世界の高い高い場所まで連れていかれて、突き落とされるみたいな感覚。
 自分は確かに落ちているはずなのに、空を飛んでいるような錯覚を覚えてみたりして。
 そうして世界は、白く白く、清浄にも似た色に包まれる。
 自分は知っている言葉が少ないから、上手い表現などできないけれど。
 抱かれる感覚ってのは、大体そんなもんだと思う。



 視線の先のサンジは、どこかいつもよりぼんやりとした表情で海を見ていた。
 多分、自分と同じでシた後の余韻を感じているんだろうなと思う。
 身体を繋げる以外にも感覚を共有することができることを知ったのは、この男と寝るようになってからかもしれない。





「なぁに見てんだよ」
 凝視されていることに気付いたサンジが、ルフィの額を指先で弾いた。
 武骨ではない、けれど繊細でもない指。
 この指がつい先刻まで自分に触れて快楽を促していたのがまるで嘘のように、その指はしなやかな動きを見せた。
「……見惚れてた、かも?」
「かもってなんだ、かもって」
「イイ男だよな、サンジは」
「何を今更当たり前のことを……」
「おれさ、まさか自分が抱かれるようになるとは思ってなかったけどさ」
 サンジの発言をさらりと無視して、ルフィは言葉を続ける。それにサンジは一瞬眉を潜めたが、ルフィの声音が思いもよらず真剣なことに気付くとそのまま口をつぐんだ。



「知ってるか? おれを抱いてる時のサンジって、すっげー男っぽいんだぞ」
「……前の言葉との繋がりが分かんねーぞ、それ」
「手とか、表情とか、仕草とか。そーいうの全部。いつもと違ぇし」
 言いながらルフィはもぞもぞと移動し、サンジの手を掴む。
 掴んだその手の甲に唇を寄せて、ルフィは上目遣いでサンジを見上げた。
 口元に刻まれた笑みが、何とも言えない色香がある。
 無論ルフィ本人はそんなことを意識しているわけではないのだろうが。



「考えてたんだ、おれ」
「何をだ?」
「サンジとスルのが、どーしてこんなに気持ちイイのかって」
 ここは、波の音しか、しない。
 世界に二人きりのような気にもなってくる。
 世界は広くて大きくて、知らない場所や会ったことのない人がたくさんあって。
 だから世界を周るのに。だから冒険が楽しくて仕方ないのに。
 世界から隔離されたようなこの空間も悪くないと、むしろ大切だとも思えてしまう。
 相反する感情を不可解に感じながら、それすら楽しくて、愛しい。



「で、その答えは出たのか?」
「感覚的には、分かったけどな。言葉にするのは難しいや」
「分かる範囲でいいから、言ってみ? 聞いててやるよ」
 腕を引かれ、ルフィはサンジの腕の中に収まった。
 耳元をくすぐる声音が微かに掠れているのが、背筋をぞくりとさせるのが分かった。
 その感覚に先ほどまでの情交を思い出し、反射的に頬に熱が集まる。
 それと同時に、ふっと堪え切れずに笑みが零れた。
 相変わらず天邪鬼極まりないその物言いに。
 聞いててやるんじゃなくて、聞きてーんだろ?
 独占欲が人一倍強くて、素直じゃなくて、そのくせ子供のような不安を抱えていたりするから、この男は。
 それでも容認してしまう辺り、なんだか相手ばかり得しているような気がする。
 ……まぁ船員に訊けばきっとどっちもどっちなのだという答えが返ってくるのは間違いないだろうが、生憎ルフィはその事実を認識してはいなかった。



「コロされんだ、おれ。お前とスルたびに、コロされてく」
「……そりゃまた物騒だな」
 ルフィの言葉にサンジは苦笑する。けれどその言葉にはからかいの響きは微塵も含まれていなかった。
「シテる時って、すっげ高い場所まで連れてかれて、突き落とされるみてーなカンジでさ」
 言葉を紡ぎながら、ルフィはうっとりと目を細める。
 そのどこか恍惚とした色は、情事の最中に見せるそれにも似て。
 その表情を目にしたサンジがどきりと脈打つ心臓を感じたことを、ルフィは知らない。
「おれは落ちて行くのに、空を飛んでるみてーな気になる」
「トブ、なんて表現そのままじゃねーか」
「あ、そーいやそだな。気付かなかった」
 サンジの指摘にルフィはくすくすと笑う。



 笑いながらルフィはサンジの胸元に頬をすり寄せる。
 感覚を共有するようになってからも、ルフィはサンジに"甘える"ことはほとんどなくて。(食事をねだるのは日常茶飯事だが、それはサンジの考える甘えとは違っていたから)
 いつもなら見せることのない仕草に、サンジはふっと頬を緩め。その手は、ルフィの背中をゆっくりと撫でた。
「コロされて、コロされて、コロされて。その度におれは造り替えられて、また、生まれてくんだ」
「おれの腕の中で、か?」
「そうだ、俺をコロすのも、生かすのも、お前の腕なんだ」
「……すげー殺し文句」
 くくく、と喉を震わせて笑いながら、サンジはルフィの髪に唇を寄せる。
「なんだよ、何で笑うんだ、サンジ」
 自分の言葉で笑われたのかと思ったルフィは、サンジの髪をぐいっと引っ張って。
 だがサンジは笑いを収め切れずにふるふると震えている。
 ルフィはムッとした顔でサンジの頭を叩いた。




「お前なぁ」
 まだ少し笑いながら、けれど呆れたような声音のサンジに、ルフィは顔を上げた。
 サンジの青い目がルフィを見下ろしている。
 そこに映る自分の顔がどうにも拗ねた子供のような顔をしていて。
「自分ばっかがそうだと思うなよ?」
 びし、と額に指を突き付けられて、ルフィはワケが分からないとばかりに眉を寄せた。
 そんなルフィに、サンジは額を合わせる。
 吐息のかかるほど近くに、サンジの顔がある。
 触れそうな唇に、今更ながら意識が向かう。
「お前、も?」
 サンジの手が頭を押さえているせいで首は傾げられなかったが、その目に写る自分の顔は不思議そうな色を浮かべていた。
 ルフィの問いに答える代わりにサンジはにやりと笑い。
 ゆっくりと合わせられる唇は、なんだかやけに優しかった。



「お前の、見たこともないような表情とか」
 ふわりと、指先が頬をなぞった。
「聞いてるだけでぞくぞくしちまうような声とか」
 同じように、唇を。
「俺に向けられる目とか」
 目元に触れる指に反射的に目を伏せると、瞼に唇が寄せられるのを感じた。
「そーいうの、一つ一つ。見るたびに、知るたびに、おれがどんな感情を抱いてるか。どんだけ心拍数上がってるか。お前、知らねーだろ?」
 睦言のように囁かれる言葉は耳に気持ちイイ。
 鼓膜を揺らす音の心地よさばかりを追っていて、言葉の意味を理解するのがワンテンポ遅れる。
 もしかしたら、少し眠くなってきたのかもしれない。
 大好きなサンジの指が髪を梳くのに、ルフィは閉じていた目をゆっくりと開けた。
 目の前にあるサンジの顔はとても穏やかな色で。
 ルフィは返事をするのも忘れて、穏やかな心地に酔うようにまた目を伏せた。
 鼓膜を揺らす波音が、頬をくすぐる夜の風が、けれどそれより何より、触れるサンジの指が、存在が心地良い。



「……眠いのか?」
「ん、少しな」
 口数の少なくなったルフィの様子に、サンジが問う。
 ルフィは目を閉じたままこくりと頷いた。
 サンジが思っているよりかは意識は覚醒しているのだろうが、眠たいという事実は本当なので。
 しかしながら、何も言わずとも自分の感情を汲み取って貰えるのは楽だし、何より嬉しい。
 言葉にしたらなんだか一気に眠気が増したらしく、ルフィは小さく欠伸を洩らした。
「普通はヤる方が体力使うらしいんだけどな〜。ま、男女の生殖機能の違いの所為もあるのかもな」
「難しい話はよく分かんねえよ、俺」
 よく分からない呟きに眉を寄せると、ぽんぽんと頭を叩かれた。
「いーから寝ちまえっつってんの」
 子供扱いされてるような気もするが、触れてくる手の暖かさに抗議の言葉は溶かされてしまう。
 引き寄せられる腕にさしたる抵抗もみせずに、ルフィはサンジの腕の中に収まった。



 ……あ。
「ホントだ」
「ルフィ?」
 そのまま寝入ってしまうのかと思いきや、何やら楽しげに笑い出したルフィに、サンジが首を傾げる。
「さっき言ってたこと。本当なんだなってさ」
 問われる前に、ルフィは答える。
 サンジの腕に体を預けたまま、その顔を見上げた。
 言われたサンジは訳が分からないと言いたげな表情をしていて。
 よく気も回るし、目ざといタイプなのに。
 サンジは時々、俺より察しが悪くなることがあるんだよな。
「サンジ、心臓の音すっげーの。壊れちまいそーでおれのが怖いって」
 にや、と笑いながら告げると、サンジの片眉が上がった。
 それから、大好きな手が伸びてきて目元を塞がれる。
「言ったろ? おれも同じだって。お前だけにしか聞こえねー音だ、しっかり聞いとけ」
「おう、そースル」



 多分、この手の向こうではサンジが照れまくった顔をしているんだろう。
 それを隠そうと必死な声音が愛しくて、ルフィは笑いながらその言葉に頷いた。
 言われるままに胸元に頭をすり寄せると、さっきよりも心なしか早くなった気がする心臓の音。
 この音も、俺の宝物だな。
 そんなことを考えながら、ルフィは眠りの淵へとゆっくりと意識を沈ませていった。









 その日見た夢は、なんだか面白かった。
 ガキのおれが、サンジに宝物を一つずつ見せてる夢だ。
 ガラス玉、セミの抜け殻、変わった形の石。
 サンジはおれの話をうるさがることもなく聞いてくれて、おれは凄く嬉しかった。






 今は手元にない、宝物。

 けれど、多分、きっと。

 あの時集めたガラス玉は、今でもきらきら輝いている。




 〜FIN〜

 

珍しくルフィ視点の話。
前半部分のサンジ君が(私の書く彼にしては)いやにカッコ良くて不思議に思っていたら、ルフィの視点から見てるからなのだと言うことに気付き失笑。
船長、料理人にベタ惚れですか? そーなんですか? そーなんだー…
コロされて、コロされて、コロされて〜の台詞が書きたかった。
物騒な会話っぽいけど実はバカップルなお話でした(笑)


UPDATE/2002.5.25


 

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