【奪う代償として与える愛】 「俺らにはさ」 ベッドに沈み込む天国の髪を、御柳の手が優しく撫でる。 労るように、愛しいものに触れるかのように。 長い指がくすぐるように、触れてくる。 やめてくれ。 声には出さず、けれど強くそう思った。 御柳が触れているのは、髪なんかじゃない。 実際には髪だけれど、まるで心を撫で上げられているようだ。 優しく、愛を囁くように。 どうかしてしまう。 どうにかなってしまう。 こんな、暖かな指に触れられ続けていたら。 振り払いたいと思う心が薄れて行くのが、手に取るように分かる。 その代わりに、もっと、と。 もっと撫でていてほしい、触れていてほしいと。 今口を開いたらそんな言葉を紡いでしまいそうで。 天国はぎゅっと唇を噛んだ。 「俺らが人様の血を頂く時は、ちゃんと決まりがある」 内緒話をするかのように天国の耳元に唇を寄せて、御柳は言った。 声の端が掠れて、それすらも甘い刺激になる。 力の抜けた体は相変わらず上手く動かせなかったけれど。 それでも、その声に指がぴくりと震えた。 「最近は採血とかで上手くやれっから、問題ねーんだけどさ」 鞄の中にあった注射器が思い起こされた。 あの時は薬でもやっているのかと思ったが、そうではなかったのだ。 薬、などよりもっとずっと日常を逸脱したもの。 「それでも、この決まりはずっと変わらねんだろうな」 逃げればよかった。 今更ながらにそう思った。 好奇心も正義感も、全て振り捨てて、逃げていれば。 思いながら、けれどそうしていたとしても結果は変わっていなかったような気がする。 天国の髪を弄びながら嬉しげに目を細めるこの男から逃れることなど、どう足掻こうと出来る筈もないと。 自分がどんな道を選択していたにせよ、いずれこうなっていたのではないかと。 何故かは分からないけれど、そんな気がしていた。 だからだろうか。 もう、ずっと。 逃げ出す気にもなれず、ただぼんやりと御柳の言葉に耳を傾けている。 何をされたのか分からないけれど、弛緩した体には一向に力が戻ってくる気配はない。 「お前さ、ヴァンパイア物とか見たことある? あれでさ、血を吸われてる人間って恍惚としてんじゃん? あれってあながち嘘でもねーんだよ」 くく、と笑った唇の隙間から、尖った歯が覗く。 あれを、今から突き立てられるのだろうか。 そう思いはしたものの、体の神経ごと麻痺してしまっているのかさほど恐怖は感じなかった。 ただ淡々と、やっぱり死ぬのかなと思っただけだ。 「俺らが血を頂く時にはな、その獲物に惜しみない感謝と愛情を注ぐんだ」 だから、気持ちいーんだよ。 囁きがするりと胸の中に入り込んだ。 感謝と、愛情。 向けられるそれに溺れながら、快楽と死の淵に沈んでいくのか。 力の入らない体が、それでも御柳の囁きに震える。 この喉を差し出してしまいたいような心地にさえ、なってくる。 苦しげに息を吐いて、人外のモノに愛されるとはこういうことなのかと、ただぼんやり考えていた。 「イイコだな。そのまま、目ぇ閉じちまいな」 く、と笑う声が頭の上で聞こえる。 言葉と同時に、御柳の手が天国の目元を覆った。 視界と意識、両方を同時に遮ってしまうように。 何とかかんとかしがみついていた意識が、すうっと遠くなる。 悔しがる意に反して、それはただ純粋に心地良さをもたらした。 もう、いい。 投げ遣りにそう思ったのが、最後だった。 天国の意識は、闇に沈んだ。 END |
吸血鬼モノ。 書いた時期は実は「おまえが世界を〜」パロの頃。 パロが同時に出るのはややこしいと思って温存させてました。 天国の運命は、いかに?!(続きません) Web拍手掲載期間→2006.6.12〜2006.10.16 |