【ポーの一族パロ】 (エドガー=天国、アラン=御柳) 雨と風が吹き荒れる、嵐。 それを背に、彼は立っていた。 雨の雫がぽたぽたと滴る。 この天候の中を、どうやってここまで来たのだろう。 彼はこともなげに窓を開けた、けれど。 御柳の部屋は屋敷の2階にある。 この天気の中では木に登ることすら容易ではない筈なのに。 けれど。 そんな疑問など些細なことに思えた。 濡れそぼった姿で佇む彼は、綺麗だった。 荘厳なほどに。 青白い頬。 伏し目がちな瞳。 赤い唇。 魅入られる、とは。 こんなことを言うのだろうかと。 御柳はただ彼を見つめたまま、そんなことを考えた。 「連れてって、やろうか?」 傲慢な物言いに、けれど。 御柳は、どうしてだか頷いていた。 疲れていた。 もうどうなってもいいと思った。 だが、それより何より。 「……一人は淋しいだろ?」 笑って言った彼の言葉の中に、どうしようもない孤独を感じた。 寒々しい寂寥に、思ったのだ。確信に近い強さで。 コイツなら、オレを一人にしない、と。 明確な理由など分からない。 きっと、なかった。 ただ、直感に従っただけだ。 感じたそれに疑いを抱くこともなかった。 だから、御柳は頷いたのだ。 「いいぜ。行く」 こく、と首を縦に振り御柳はまっすぐに彼を見た。 見据えた。真正面から。 射抜く様に。 冬の湖のように静かな瞳が、御柳の視線に少し驚いたように揺れた。 「連れてってくれよ。天国」 名前を呼んで、差し出されていた手に己の手を重ねた。 雨の所為か、冷えた手のひら。 重ねた手をきゅ、と握ると。 ふっと息を吐いた天国が、目を眇めて笑った。 どこか泣き出しそうにも見えた笑顔は、まるで子供のもののようで。 御柳は、知らず瞠目していた。 天国は何をしていても、例え笑っていたとしてもその瞳の奥底に揺るがない湖を抱えていた。 冬の湖のようなそれは、半分凍りかけていて。 滅多なことでは小波一つたたない。 御柳が抱いている天国の印象は、そんなものだった。 そしてそれはあながち間違いでもなかった。 その、筈だったのに。 天国が垣間見せた笑顔は、そんなものとはかけ離れていて。 自分と同じように持て余す感情を抱いて歯噛みするような少年の色を、ハッキリと見た。 少年の姿のまま、天国はどれ程の時を越えてきたのだろうか。 駆けていく時間の中、何を想い、どう過ごしてきたのか。 それは今の御柳には分からない。 けれど。 天国の奥底には、きっと暖かなものがある。 「い、って……何」 不意に、触れた手のひらがふわりと熱くなった。 熱さそのものは大したことなかったのだが、同時に意識をぞわりと撫で上げられるような感覚に陥った。 それに驚き困惑し、思わず呻いていた。 眉を寄せた御柳に、天国はきょとんと目を丸くする。 これもまた初めて見る表情だった。 あれ、俺今なにしただろう。 そんな声が聞こえてきそうな。 「あ、ワリ。思わず、吸っちまった」 「何を」 「お前のエナジィ」 「首じゃなくてもいーんか」 「ん。首辺りが一番楽で沢山吸えるってだけだから」 天国自身、御柳の生気を吸うつもりはなかったらしい。 無意識で己の起こした行動に途惑っているのだろう。 喋りながら、どこか呆然とした表情になっている。 ガキみてーなのな、ホントは。 なんて、聞かれたら怒るだろうから心の中でだけ呟いて。 御柳はくく、と笑いながら天国の首筋に顔を寄せた。 「あー、でも確かにこっちのがやる方も気分いーかも」 言いながら、どさくさに紛れてその肌にキスを送る。 ちゅ、と音を立てて。 天国と同じになっていない御柳は、エナジィを吸うことはできないけれど。 口付けた場所に、花のような痕を残すことだけは出来た。 唇が触れた瞬間、天国の肩が跳ねるように揺れたのも気分の良さを増長してくれた。 「連れてって、くれんだろ」 「……ん」 「行こーぜ。俺はここに未練なんざ、欠片もねえんだ」 吐き捨てるように言った御柳に、天国は硝子玉のような目を向けた。 御柳の言葉を咎めるでも、喜ぶでもなく。 それから。 ふと目を伏せて。 天国は御柳の頬に、そっと唇で触れた。 キス、と言うにはあまりに軽い。 霞のようなそれ。 けれど、ひどく暖かい。 御柳は笑って、天国の手を強く握った。 窓の外は嵐だ。 開け放ったままの窓からは、雨も風も遠慮呵責なく部屋に入り込んでいる。 これから、そこに出ていく。 気分はひどくよかった。 俺を。お前と共に。 どこでもいい。 どこへでも行く。 世界の涯へでも。 ……一人にならないなら、お前と一緒なら、それでもいい。 それこそ本懐だ。 騒がしくなってきた廊下を振り返りもせず。 窓から、二つの影が消えた。 END |
Web拍手掲載期間→2006.1.19〜2006.6.12 |