【おまえが世界を壊したいならパロ】 (環奈=天国、蓮=御柳) 「別に、吸うっつっても殺しはしねーよ。ちっと貧血になるぐらいっしょ」 昔に比べりゃ良心的だぜ、と。 御柳は面倒くさそうにそう言う。 けれど、天国は返す言葉も思い付かないままただ首を振った。 泣きたいわけでは決してないのに、涙が止まらない。 喉の奥に残る血の匂いが、味が、消えなかった。 それが気持ち悪い。 けれど何より嚥下したそれに言い知れぬ安堵を覚えたこと。 その事実こそが何よりも天国を打ちのめしていた。 ショックだった。 いっそ消えてしまいたいと思った。 「別に、フツーの飯だって食えんだぜ? 嗅覚が鋭くなってっからキツイ匂いのとかはヤバイけど」 「……っく、いやだ……も、やだ」 「だーから、何がだよ」 面倒くさがりながらも、御柳は天国を放り出そうとしない。 いっそのこと御柳が冷酷無比な悪人ならよかった。 それなら、遠慮なく憎んで、責めて、泣き喚くことだって出来た。 けれど、御柳は根っからの悪人では、ない。 理由も分からずにそう思った。 天国は御柳の人となりを知っているわけではない。 言葉を交わしたことはおろか、名前すら知らない。 街中で何度かすれ違ったことがある、ただそれだけだ。 それなのに何故か、天国は御柳を憎みきることが出来なかった。 御柳は、天国を放っておこうと思えばそうできたのだ。 だって二人は知り合いでも何でもない、赤の他人だ。 御柳が天国を見て見ぬフリをしたところで誰も咎めたりはしないだろう。 だが御柳はそうしなかった。 それは気まぐれだったのかもしれないけれど、ともかく天国に手を差し伸べた。 御柳は何も言わない。 何があったのか、天国に何をしたのか。 聞かないから言わないのか、聞いても答えてくれないのか。 分からない。 それが、無性に辛かった。 誰を責めたいわけでもない。 だが変わってしまった自分が恐ろしく、そして辛い。 戻れないのだと、日常は遠い彼方にあるのだと、それを思うと心が散々に引き裂かれるような気がした。 「……隣りでストック貰ってくるわ」 溜め息を吐き、御柳が立ち上がる。 天国が泣き、喚き、暴れて血を飲むことを拒否した為に、部屋のあちこちに血が零れ付着していた。 これだけを見るとスプラッタ映画のワンシーンのようだ。 御柳が近付いてくる。 天国はそれをどこか無感動な目で見上げていた。 すぐ目の前までやって来た御柳の手が、すっと上がる。 腕を、頭を押さえつけた手のひら。 それがひらめくのに天国は反射的に肩を揺らしていた。 「なんもしねーよ。ドアがお前の横にあるだけっしょ」 御柳の言葉に、天国は慌てて立ち上がりドアから離れた。 悪人ではないと、自分を救ってくれた人物なのだと、頭では理解していても感情が追いつかない。 天国は自分の変化を受け入れられなかったし、自分を変えた御柳に抱いた嫌悪も畏怖も、そう簡単に拭い去れるものではなかった。 そんな天国の心情を察しているのかいないのか、御柳はそのままドアを開けて。 キイ、と軋むような音がやけに耳についた。 「着替えとけよ。あちこち血が付いてんぞ」 タンスの服はどれでも使っていいから。 部屋を出る直前、御柳は呟くような声でそう言った。 かちり、と音を立ててドアが閉まる。 それと同時に天国はかくん、と折れるように座り込んでしまった。 涙が止まらない。 部屋の中には血の匂いが充満していて、それが気持ち悪いのかどうかすらもう分からなかった。 それがどうにもいたたまれなくて、天国はただ涙を零した。 END |
Web拍手掲載期間→2005.11.15〜2006.1.19 |