【おまえが世界をこわしたいならパロ】 (環奈=天国、蓮=御柳) 「あーあ…勿体ねーことすんなよなー」 「な、だ、って……それ、血じゃないか!」 「当たり前だろ。だから飲めっつったんだ」 「なに、何言って…?!」 混乱する天国に対して、御柳はひどく冷静だ。 落ちたコップを拾い上げると、瓶の中からとくとくと、血を注ぎ直した。 赤い。 目が痛くなるほど赤い。 香る血の匂い。 気持ち悪い。 恐怖と混乱で息が上がる。 逃げ出したいのに足が動かない。 震える天国の目の前に、再度コップが差し出された。 見下ろしてくる御柳の目は、強い。 有無も意義も許さない、そんな色の目だ。 「飲めって」 「や……飲め、な」 「飲めば直るって言ったっしょ」 「飲めるわけ、ないだろう?!」 「なんで」 「な、んでって……血、なんて」 飲めない。 飲めるわけがない。 そんなことありえない。 血を飲む、なんて。 吸血鬼、そんなもの物語の中だけの作り話だ。 そうじゃなきゃいけない。そうじゃなきゃおかしい。 舌がもつれて上手く喋れない。 それでなくとも、この異常事態に混乱してしまった天国の思考は上手く働いてくれていなかったから、何を言えばいいのかすら思いつかなかった。 震えながら、とにかく血を飲むなんて出来ないのだと首を振り続けた。 だが御柳はそんな天国の様子を構うこともなく更にコップを突き付けてくる。 強い血の匂いが鼻を突いてくらりとした。 「飲め」 「無理、だって」 「飲めよ」 生来気の長い方ではない御柳は業を煮やし、舌打ちをすると天国の口元にコップを押しやった。 飲めば、伸びた歯も直るのだ。 何をそんなに嫌がることがあるというのか。 それにどんなに嫌でも、これから先生きていく為には血を飲まなければならない。 適応して貰わなければ困るのだ。 同族の不始末で迷惑を被るのは、やはり同族なのだから。 御柳はそれを、何より知っていた。 「…っ、いやだ!」 唇にコップが触れた瞬間、天国は悲鳴のような声を上げた。 ぱし、と音がしてコップが弾かれる。 御柳の手の中から叩き落とされたコップは、またも宙を舞って床に転がった。 しかも先程よりもずっと勢いよく飛んだそれは、中身を盛大にぶちまける。 天国にも御柳にも、そして床にも壁にも血が飛んだ。 かしゃん、と軽い音をたててコップが割れたことを知る。 何だか嘘のような、いっそ笑えるほど軽い音だった。 御柳は割れたコップを無感動な目で見た。 別に気に入っていたわけじゃない。必要だから買った、それだけのことだ。 割れた。 壊れた。 形有るものはいつか壊れ、消えていく。 それが自然の摂理。 だけど。 それなら俺たちは…? 俺たち一族は、その摂理からはみ出しているじゃないか。 時が止まったまま、終わることもなく永劫にも感じられる時間を過ごしていく。 終わる、その方法が全くないわけではない、のだけれど。 「あ、わ、悪い……」 天国の声に、御柳は我に返った。 黙り込んだ御柳に、怯えと謝意が入り混じったような目を向けてくる。 泣きそうな顔、だと思った。 「悪いと思ってんなら、手間かけさせんな。来い」 「痛っ、なに…?」 御柳は天国の腕を乱暴に引っ掴むと、無理矢理立たせた。 手荒い行動に天国は眉を寄せ少し声を上げた。 だがコップを割った負い目と未だ自分の置かれた状況に対する途惑いが大きいのだろう、御柳に腕を引かれるまま洗面所を出た。 御柳はリビングに戻ると天国の腕を離した。 放り出されるように、天国はふらりと立ち尽くす。 それを横目に、棚からコップを取り出した。 今度は割れないように、プラスチック製のものを。 呆然としていた天国の顔に、怯えの色が浮かんだ。 気付かないふりで、コップに三度瓶の中の血を注いだ。 瓶を乱暴に床に置き、天国に近付く。 包帯だらけで、血にも塗れて。 世界の不幸を一身に背負ったかのような佇まいに、憐憫と苛立ちを同時にかき立てられた。 「飲めっつってんっしょ」 「あ、う……いやだ!」 くしゃりと顔を歪めた天国の頬に、とうとう涙が伝った。 けれど、構ってなどいられない。 歯が伸びるのは餓えている証だ。 飲まなければ、生きていかれない。 それを教えなければならないと、是が非でも飲ませなければならないと、御柳には分かっていた。 どれだけ拒絶され、怯えられても。 本能には逆らえないのだと、それを教え込まなければ。 面倒だけれど、助けた命をみすみす無駄にされるのはもっと厭だった。 腕を掴まれ、天国は混乱した目で御柳を見上げた。 見下ろしてくる御柳の目にはほとんど感情が見受けられずに、ますます焦りが深まる。 唯一感じられた感情はと言えば、苛立ちくらいだった。 どうして。 なんで。 こんな、ことに。 何もしてないのに。 俺は、何も、してないのに…! また、血の匂いが鼻先に近づいてくる。 嫌悪と恐怖、そしてもう一つ。 天国はそれに気付かなかったけれど、確かにそれを欲する気持ち。 餓えを満たしたい、とそう思う本能。 自分が何を思っているのか、もう分からなかった。 腕を掴む力は強い。 振り払えないのは混乱しているせいだろうか。 それでも。 屈することは、出来ない。 天国はぎゅうと目を閉じて。 近付く血の匂いを、振り払った。 END |
Web拍手掲載期間→2005.11.15〜2006.1.19 |