【おまえが世界をこわしたいならパロ】
(環奈=天国、蓮=御柳)



 眠りを破ったのは、悲鳴だった。
 乱暴に胸倉を掴まれ持ち上げられたかのよう。
 叩き起こされた、と不機嫌になりながらソファを覗く。
 いない。
 ここでずっと眠っていた筈なのに。


「起きたのか」


 まだ眠気の残る頭を軽く振りながら、御柳はそう呟いた。
 起きた、覚醒した。
 悲鳴は恐らく天国のものだろう。
 御柳は欠伸をしながら立ち上がると、声の聞こえてきた方へ向かった。
 ドアが開いている、そこは洗面所だ。

 中を覗くと、果たして天国はそこにいた。
 頭を抱えるようにして床に座り込んでいる。
 その腕にも足にも仰々しい包帯が巻かれていたが、どうやら怪我自体はほぼ完治しているようだった。


「おい」


 呼ぶ。
 愛想のない声になってしまったが、生来のものだ。仕方ない。
 声に、座り込んだ天国の肩が揺れた。
 びくりと、驚くように。怯えるように。

 それからゆっくりと、頭を押さえていた手で口を押さえると天国は御柳の方へ視線を向けた。
 指先に見えた、血の色。
 強く香る、嗅ぎ慣れた匂い。
 ああ、そっか。
 御柳は天国の身に何が起こったのか、理解した。
 口を押さえている訳も、悲鳴をあげた訳も。


「な……だ、れ…?」

「声ガラガラじゃん。怪我は? 足も腕も骨バラバラもいーとこだったんだけど」

「骨……?」


 この人は、何を言ってるんだろう。
 思いながら、天国は首を傾げる。
 骨に異常? あるわけない。
 目が覚めてからここまで、一度も痛みなど感じなかった。
 感じたことと言えば、巻かれた包帯のせいで動きづらいなということと、異常なまでの高揚感だけ。

 それともう一つ。
 伸びた、牙。


「完治? マジで? へーえ……すげえ回復早いのな。やっぱ血縁の血は違うってことか」

「血縁て……」

「親に感謝しとけよなー」


 親、と御柳は言った。
 言葉の意味が天国には分からない。
 親、父親と母親。
 頭が重い。上手く思考が働かない。

 そうだ、運転席と助手席にそれぞれ座っていた、父さんと母さん。
 事故に遭って。
 そこで俺の記憶は途切れてるけど。
 二人はどうしたんだろう。どうなったんだろう。
 俺は……?

 口を押さえたまま呆然としている天国に、御柳は笑うように歯を見せて。
 その唇をとん、と人差し指で叩いてみせた。
 天国はそこで自分の今置かれている状況を思い出し、身を強張らせた。
 化け物のように伸びた、歯。


「口、へーき?」

「な、にが」

「切ったんっしょ? 口ん中」


 ぞく、と寒くなった。
 この男は知っている、分かっている、自分の体に起こったことを。
 その変化を!
 今すぐこの場を逃げ去りたい気分に駆られながらも、天国は必死で首を振った。
 口を押さえる手はそのままで。

 天国の考えなど見越しているように、御柳は笑う。
 くく、と喉の奥からせり上げるような笑い方だった。
 腹の立つ、けれどひどく似合った仕草だとも思えた。


「慣れないうちは仕方ねーか。俺も最初はやったし」

「慣れ…?」

「ちっと待ってろよ」


 ひらりと手を振って踵を返した御柳は、程なくして戻ってきた。
 片手に瓶、もう片手にはコップを持っている。
 何を持ってきたのか訝しむ天国の前で、御柳は瓶の中身をコップに注いだ。
 そのまま、ずいとコップが差し出される。


「飲めばすぐ直る」


 中身を確認する間もなくコップを握らされた。
 コップの中で揺れる液体。
 ゆらり、濃い色。
 鼻を突く強い匂い。
 それはつい先刻も嗅いだばかりの。
 これは……

 血?!


「わあっ!」


 驚きと恐怖が入り混じって、押し出されるように声が出た。
 放り投げるようにコップを落とす。
 中に注がれていた液体……血は味気ない水音を立てて床に零れた。
 びしゃり、と音がして床に紅の模様が散る。
 次いで、ほぼ同時にだがコップが床に転がる。
 高いところから落としたわけではないからか、ガラスのそれは割れなかった。
 ゴツ、と音を立てて床に落ち、転がった。
 床とガラスが擦れる音が、耳についた。

 腕が震える。
 腕だけじゃない、足も。体が、カタカタと震え出していた。
 恐い、怖い。
 ここは日常じゃない。
 俺がいるべき場所じゃない。
 見知らぬ場所へ迷い込んでしまった。
 その事実に、天国はようやく気付いた。




END

 

 

 

大好きな漫画のパロです。
吸血鬼ものの中ではこの話が1,2位くらいで好き。
一応7話で終了予定な話ですが、気が向いたらまた書くかも。
それぐらいお気に入りなので。
原作著者は藤原薫。


Web拍手掲載期間→2005.10.19〜2005.11.15

 

 

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