【おまえが世界をこわしたいならパロ】
(環奈=天国、蓮=御柳)






 赦されたいのか、赦したいのか。

 呟きは夜に紛れて溶けて、消えた。




 御柳が天国を部屋に連れ帰ったのは、雨が降るある夜のことだった。

 霧のような雨が降り注ぎ、視界が悪く。
 天国が家族と共に乗っていた車が、御柳の目の前で事故を起こしたのだ。
 トラックと正面衝突。

 事故が起こる一瞬前、通り過ぎる車と、雨の舗道の間で。
 御柳は、天国と目が合った。
 見たことのある、顔だった。
 話したことはない。街中で幾度かすれ違ったことがあるだけだ。
 けれど、何故か。
 御柳は吸い寄せられるように事故で大破した車に近寄っていた。

 運転席と助手席に座っていた天国の父母はほぼ即死に近い状態だった。
 まだかろうじて死んではいない。だが、その命の灯火が尽きようとしているのは確かめずとも見ただけで分かった。
 車の外に、荷物のように投げ出された人影がある。
 その姿を目にした御柳は、自分でも気付かないうちに足を速めていた。
 投げ出された体。人形のように。
 息はある。
 だが、出血が酷い。
 足も腕も顔も、あちこちから血の匂いが漂ってくる。
 このままでは助からない、それは明白だった。


「死ぬ、のか…?」


 呟いて、ぞくりとした。
 知り合いということもない、何度かすれ違ったことがあるだけ。
 それなのに、何故か。
 失いたくない。死なせたくない。
 その想いが電流のように背を駆けた。

 仲間に、すれば。
 彼を自分と同じ眷属にしてしまえば。
 そこまで考えて、けれど御柳は舌打ちして首を振る。


「いや、血が足りねえ……」


 流れた血が多過ぎる。
 これでは仲間に引き込んだ所で覚醒すら出来ない。
 天国の肩に手をかけ、御柳はふと車の座席に目をやった。
 そこには、天国の両親がいる。
 血が、ある。
 彼らの血を使えば、天国は助かるだろう。
 御柳と同じ、闇に生きる者としてだが。

 けれど、御柳はそれに躊躇った。
 親の血を使って生き延びること、それをこの男は望むだろうかと。
 そんなことを考えて。


「くそっ……」



 ――使って…



 不意に言葉が聞こえた。
 正確には、それは空気を振動させて響く音ではなかった。
 頭の中に、直接囁きかけるような声。
 御柳は瞬時にそれが天国の両親からのものだと悟った。
 問い掛けるように、動かない彼らに目をやると、再度声がする。



 ――使ってください
 ――天国を、助けて



「……分かった」


 頷き、御柳は天国の肩を掴んで引き起こした。
 荷物のように倒れ込んでくる体を抱いて、一瞬目を伏せる。
 人としての時間を、意識のないままに捨てるのだ。
 せめてその時間の流れを、自分が覚えていようと。
 そんならしくもないことを考えた。

 御柳は血に濡れた天国の髪を撫でて。
 それからゆっくり、口を開いた。




END

 

 

 


Web拍手掲載期間→2005.10.19〜2005.11.15

 

 

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