【今日からふたりで】




 荷物の整理も一段落して、何か軽く食べようかと考える。
 作るにしろ買ってくるにしろ手を洗ってからにしようと洗面所に足を運べば、鏡の前のコップに無造作に立てられた歯ブラシが二つ。

 ああ、うわ、やばい。

 嬉しくなって、恥ずかしくなって、何だかよく分からないけれど胸の内がざわつく。
 だがそれは決して不快な感覚ではなく。
 赤くなった顔を隠すように手で口元を覆い、熱が引くのを待った。


 手を洗ってリビングに戻ると、同居人が何やら上機嫌で鼻歌を歌いながら食器を棚に入れている所だった。
 丁度こちらに背中を向けているからか、天国の存在には気付いていないようだ。

 二つ並んだ歯ブラシは、どう考えても彼の仕業だろう。
 少しばかりの意趣返しをしてやろうと、どこからともなく取り出した明美ヘアを装着しその背中にしなだれかかった。
 本当は飛びついてやろうかとも思ったのだが、食器を割られると困るのでやめておいた。


「天国?」

「おいたをしたらぶつわよ? ダーリン」


 振り向いた御柳の頬を指先でなぞって。
 にっこり、笑いながら告げれば。


「これぐらいはイタズラじゃねーっしょ、ハニー?」


 笑みを湛えた唇が、掠める様に天国のそれに触れた。



END

 

 

 

奥村愛子の「今日からふたりで」という曲をイメージした話です。
歌詞の「おいたをしたらぶつわよ」という
フレーズが好き。


Web拍手掲載期間→2006.6.12〜2006.10.16

 

 

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