【のだめカンタービレパロ】
(野田恵=天国、千葉真一=犬飼)



 空気が、震えた。
 びりびりと、容赦のない力で。


 …何だコレ、なんなんだコイツは――?!


 ピアノが吠えた。吠え、唸った。
 聞いたことないような音を、見慣れた筈のピアノがたてている。
 犬飼は動けなかった。動くことができなかった。

 天国の指先が、鍵盤を走る、跳ねる、叩く。
 その度に、ピアノはその指に応えるように音を返した。
 音は空気に広がり、溶け、容赦なく犬飼の意識を揺さぶる。
 いっそ凶暴なまでの強さで、その音は犬飼の鼓膜を、身体を、意識を打ちのめした。

 白と黒の上を、指が踊る。
 ふと気になり天国の顔を見やれば、その口元にはうっすらと笑みが刻まれていた。
 音を奏でるのが楽しくて仕方ない、そう何よりも雄弁に語る表情だった。

 世界が消える。
 犬飼を取り巻く世界が、音を立てて闇に没する。
 代わりに、轟音にも似たピアノの音、それだけが犬飼を包み込んだ。
 牙を剥き、爪を立てるほどの強さで。


「お、何だ起きたんなら声かけろよ。…ってボケーっとしてどしたんだ? 犬飼きゅん?」


 何で俺の名前を知っているんだ、とか。
 ここは何処で俺は何故ここにいるんだ、とか。
 言いたいことは山のようにあったのだけれど。

 そのどれ一つとして、犬飼の喉を言葉として通り抜けてはこなかった。
 ただ一つ、強く思ったのは。
 あの凶暴なほどの音の洪水、それにもっと浸っていたいと。
 そんなことだった。




END



 

 

 



Web拍手掲載期間→2005.8.27〜2005.10.19

 

 

 

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