【いっさいがっさい】




 恋ではない。
 まして、愛など以ての外だ。
 それでもやめられない。拒めない。断ち切ることができない。
 それは多分、向こうも同じ。


 天国が御柳と週に一度、きっかり会うようになったのは二ヶ月前からだ。
 縁が切れていないのは知っていても、こんなに頻繁に逢瀬を重ねているとは天国の周囲も知らないだろう。
 御柳と会う日の天国は、いつもとはタイプの違う服を着て、人込みに紛れるように歩く。
 それも多分、向こうも同じ筈。
 少し早足で歩いて、顔を合わせたら黙って誰もいない場所へ足を向ける。
 友達も、彼女も。
 知り合いのいないだろう場所へ、走るように向かう。


 そもそもの始まりは三ヶ月前。
 小雨の降る中で、事は起こった。
 きっかけは些細なことだったように思う。
 覚えていないぐらいだから、きっと酷くくだらない事だったに違いないのだ。

 原因は何であれ、二人はふとしたことから口論になった。
 一見するとタイプは違えど、どちらも直情的である。
 口だけには留まらず、すぐに掴み合いと殴り合いの喧嘩に発展し。
 何がどうなってそうなってしまったのかは今でも謎だが、気付いた時にはキスをしていた。
 意識が高揚していたのと、互いが互いに負けたくないと思った所為で、かなり濃い、ディープなものを。
 この不毛過ぎる、けれどやめられない逢瀬の始まりはそこからだったのだ。


 始まりが喧嘩の延長戦のようなものだったからか。
 人目を忍んで会う回数が両の指を越えても、二人のセックスはどこか乱暴で奪い合うようなものだった。
 キスマーク、なんて可愛らしいものではなく歯形が残っていたことも何度かある。
 それは天国だけではなく、御柳も同様なのだが。
 シャワーを浴びながら、じくじくと痛んだ右腕の付け根には。くっきりと歯形が残されていて、天国は思わず溜め息を吐いた。


「あーあ、あのバカ」


 冗談めかした言葉で、誤魔化すように。
 けれど白々しい言葉は余計に心を絞めつけただけだった。

 吐息さえ奪い合うようなキスで、わらって。
 肌を滑りなぞる指に唇に、諦めて。
 昇りつめた快楽で果て真っ白になる感覚に、すこし泣いて。

 いつまで続くんだ。続ける気だ。
 もうやめよう。
 そう、思うのに。


「……バカは俺も、か」


 一週間前。
 この関係の名前を聞いた。
 御柳は、それをはぐらかして答えなかった。
 天国も深くを追求する事はしなかった。
 それでも、あの日から一週間経った今日。
 天国は今日もやっぱり、御柳と会ってしまっていた。

 雨のようにシャワーを浴びながら、つけられたばかりの歯形を指でなぞる。
 鈍い痛みは、じわじわとそこから広がって天国を侵していくようだった。
 いたい、なあ。
 声には出さずに口の中で呟いて。
 目の奥がじんと痛んだ。
 頭上から降り続けるシャワーの水滴に紛れて、静かにそっと涙を流す。

 浚われて、しまった。
 それを認めるしかないところまで、来てしまったのだと。
 浚われたのは、心だ。
 あの目に、声に、指に。
 罠を仕掛けて、仕掛けられ。


「こうなったら、一蓮托生と行こうじゃねーかよ……」


 認めてやる。
 受け容れてやる。

 あくまでも、挑戦的な姿勢は崩さずに。
 寄り添い支え合うなんてこと、似合わないし出来る筈もない。
 そんなもの求めるものじゃない。
 だから。


「オマエも責任持って俺を受け止めてみろっつの」


 罪も罰も快楽も夢も、一切合切。
 受け容れて、受けとめて、さあ。

 幕は上がった。



END


 

 

 

奥村愛子の「いっさいがっさい」という曲をイメージした話です。
レトロ歌謡スウィング、みたいな。
何となく好きな方だったりします。

Web拍手掲載期間→2006.6.12〜2006.10.16

 

 

        閉じる