【シザーハンズパロ】(芭猿ver.) キス、というものを天国に教えてくれたのは御柳だ。 頬に唇が押し当てられ、行為の意味がわからずきょとんとしている天国に向かって笑いながら説明してくれた。 曰く、大好きで大切で仕方ない相手にする行為なのだ、と。 けれどそれは決められた一人にしか贈ってはならないのだ、とも。 だから誰にも言うなよ。 で、俺としかすんじゃねーぞ。 真剣な目と声とで告げられた言葉に、天国はこくりと頷き。 御柳はそれからごく偶に、誰もいない場所でひそりとキスをくれるようになった。 好きだ、という言葉付きで。 ふわり、優しいそれが頬や額や唇に触れる度に、どうしようもなく嬉しい、暖かい気分になる。 誰かに好きだと言われるのは、初めてだった。 そもそも天国は自分を完成させることなくこの世を去ってしまった博士としか会話をしたことはなかったのだ。 人と会い、視線を合わせ、会話をする。そんなごく当たり前のことが、天国にとってはどれもこれも新鮮で楽しいことだった。 ハサミの手では出来ないことも、勿論沢山ある。 それでも。 誰かと話したり。 頼まれごとをこなしたり。 御柳に、キスを貰ったり。 その度に、天国は確かに幸せを感じていた。 「あーまくに。何見てんだ?」 窓際に立ちながら考えていた天国に、御柳がそう声をかけてくる。 どうやら風呂上がりらしく、その頭にはタオルが引っ掛けられていた。 「雪ってのが、降らねーかなって。本で読んでさ、見てみたいと思ってたんだ」 「うーん、無理じゃねえか? この街は冷え込むけど、雪は降らねーって」 「……そうなのか?」 「少なくとも俺は見たことねーな。そういう話も聞いたことねーし」 肩を竦めながら言う御柳に、天国は残念そうに眉を寄せる。 そっか、と呟きながら窓に触れようと手を上げかけて、天国の手が止まる。 固く冷たい刃物の指は、ガラスに当たれば耳障りな音を立てるだけだ。 触れてみたいものは、沢山あって。 けれどこの指では触れられなくて。 傷つけたいワケではないのに、ハサミの指は天国の意思を無視して全てを切り裂いてしまう。 「何か元気なくね? どうかしたかよ?」 「何でもねえよ。平気だって」 「なら、いいけどよ……」 天国が少なからず沈んでいるのに気付いたのだろう。 何だかんだで御柳は鋭い。 それでも笑いながら何でもないと言えば、触れられたくない事柄なのだと解してそれ以上は踏み込んでこない。 口調も態度も一見荒っぽい御柳だが、浅慮ではなかった。 そんな御柳が好きだ、と思う。 笑うとどこか幼く見える所も、好きだと囁いてくれる所も、どうでもいいような事で拗ねたりする所も、皆。 天国が一番触れたいと思うもの、それは御柳だった。 御柳が自分にしてくれるように腕に、頬に触れて、その背を抱きしめ返したい。 けれど、できない。 天国が触れると、傷つけてしまうから。 視線を落とした天国の指は、常と変わらず鈍い銀色に輝いていた。 悔しい、苦しい。 ……切ない。 俺は人間じゃないのに、どうして。 こんなに、御柳と一緒にいることに幸せを感じるんだろう。 好きという言葉に、いっそ罪悪感を覚えるほどに。 「天国?」 黙り込んだ天国を覗きこんで来る御柳の表情は、どこか心配そうだった。 天国は御柳の顔を見上げながら、そっと両手を己の背後に回す。 ぶつかり合った指と指が、冷たい音を立てたけれど。 聞こえないフリで、笑った。 「御柳、好きだ」 囁くような声で呟き、そっと御柳の頬にキスを贈る。 この手は、愛しい者に触れられない。 だけど。 大好きだと伝える方法は、それ以外にもある。 時には抱きしめられないもどかしさに押し潰されそうにもなるけれど。 この気持ち以上のものなんて、ない。 END |
Web拍手掲載期間→2006.10.26〜2007.01.04 |