【茜の落とし子】(芭猿パラレル) ソイツは、其処に立っていた。 歩道橋の手摺りの上に、背を伸ばしてまっすぐに。 堂々と、見下ろす世界の王のような顔で。 「……何やってんの、オマエ」 思わず声をかけたのは、ソイツがあまりにも超然としていたからだ。 世界が茜色に染まるその中で、今まで見て来た誰よりもまっすぐに立っていた。 ……幽霊の、くせに。 「よお少年。俺が見える上に話しかけてくるとは、なかなかの手練だなお前」 「しゃーねえよ。ウチってそういう家系っつーか血筋っつーかだからよ」 「へえ…だから慣れてんのか。見えるヤツに会うの、久し振りだ」 幽霊は、まるで幽霊らしからぬ明るい笑顔を見せた。 その口ぶりから察するに、幽霊は結構長いこと現世を漂っているようだった。 それにしては思い影を背負うこともなく、何かを仕出かす素振りもない。 「幽霊の自殺志願者ってーのもまた、珍しいもんだな」 「バッカ、違ぇよ。大体一度死んでるのにどうやってまた死ぬんだっつの」 俺の叩いた軽口に、幽霊はけらけら笑う。 眩しい笑顔だと、そう思った。 何故こんな風に笑える奴が、いつまでも幽霊やってんだろう。 俺はコイツの事情は知らないけど、その笑顔からコイツが生前人に好かれていたのだろうことだけは理解できた。 この体質の所為で他人を遠ざけ、最低限の人付き合いしかしない俺とは正反対だったんだろうってことは。 「じゃ、何やってんの」 「帰る場所を探してんだ」 「帰る場所? んだそれ」 「俺、生きてる頃の記憶がねーの。覚えてるのは……」 幽霊が目を伏せる。 穏やかな、それでいてどうにも寂寥を拭いきれないような表情だった。 その頬に触れたい。 衝動的に、その想いが込み上げてくる程の。 どきりとした俺のことなど知る由もなく、幽霊はすっと腕を上げる。 当たり前だが、音もなく。 その指がふっと、俺の目元をなぞった。 「今日の夕陽みたいな、お前のこの目元みたいな、紅だけだ」 だから俺は、茜の落とし子なんて呼ばれてるよ。 囁くような声が、すとんと胸に落ちた。 END |
Web拍手掲載期間→2005.8.27〜2005.10.19 |