【俺の屍を越えてゆけパロ】
(当主(剣士)=無涯、槍使い=天国)


「椿」





「椿が綺麗だな……」


 一人ごちて、窓の外に目を向ける。
 冬の空気は冷たい。
 吐く息が白くなるのを見ながらも、無涯は窓を開け放っていた。
 窓の外には、椿が重たそうに花を咲かせている。
 その足元には、落ちた花が赤い花弁を散らしていた。


「無涯さ…じゃなかった、当主、お茶をお持ちしました」

「天国か」


 から、と軽い音を立てて襖が開かれる。
 言い直された名前に、無涯はふっと苦笑した。
 部屋には入ってきたのは、天国だった。
 手に持ったお盆にはお茶とお茶菓子が乗っている。


「当主になったからと言って何が変わるわけでもない。今までと同じにしていろ」

「ごめん、俺やっぱ敬語って苦手なんだよな〜」

「知っている」


 それが失礼に思われないのは、天国の人徳だろう。
 無涯は、天国を手招いた。
 呼ばれた天国は、無涯の横に座り込む。

 ぺたり、と座り込んで首を傾げる様は幼い頃から何一つ変わらない。
 本人が聞いたなら、怒るか拗ねるかどちらかなのだろうけれど。
 見上げてくる目の色は、その痛いほどに澄んだ色は天国がこの屋敷を訪れたその時から、ずっと同じままだ。


「無涯さん、何かしてたん?」

「椿をな、見ていた。今が満開だろうな」

「椿? ああ、ホントだ。ここからだと見応えあるんだな〜」


 窓の外を覗き込んだ天国が嬉しげに笑顔を見せた。
 無涯はそんな屈託ない天国の表情に、ふっと口元を綻ばせる。
 ちょっとした仕草も、笑顔も、天国はずっと変わらないままだ。
 そうしてその一つ一つが、無涯の心に優しく触れた。

 無涯と天国は、親こそ違えど一族の中では一番年が近い。
 それ故か、必然的に天国の遊び相手は無涯となった。
 好奇心旺盛で有り余るほどの元気を持っていた天国には、しばしば手を焼かされる事もあったけれど。
 その笑顔は、僅かの気鬱など問答無用で吹き飛ばしてしまうほど眩しく愛しかった。



「あ、笑った」

「? 何だ?」

「無涯さん、笑ってる方がいいよ、やっぱり」


 唐突な言葉に無涯は要領を得ない顔で眉を寄せる。
 そんな無涯の反応がおかしかったのか、天国は笑いながら無涯の肩に額を乗せた。
 意地っぱりだが本当は甘えたがりの天国が、時折見せる仕草。
 もたれかかるのでもなく、けれどふわりと温もりの伝わる。


「当主任命、されてからさ。眉間に皺寄ってる時間、長かったから」

「……気付いていなかったな」

「うん。そうだろうと思った」

「以後、気を付け」

「気を付けなくてもいいから。そんな所で気を遣わなくてもいいんだよ。俺たち、家族だろ?」


 天国の手が、無涯の着物の袖をぎゅっと握る。
 小さく震える手に、無涯はそっと己の手を重ねた。


 いとおしい。
 守りたい。


 わき上がるのは、庇護欲にも似たそんな思いだ。
 ぬくもりを心地良く思いながら、無涯は外へ目を向けた。
 目に鮮やかな、紅の椿。
 その中の1輪が、ぽとりと雪の上に落ちた。

 花びらが白い雪の上に散る。
 赫い色。
 その、目に痛いほどの色に、無涯は眉を寄せた。

 衝動に伴われるまま抱き寄せた天国の肩は、震えていて。
 けれどそれに、気付かないふりをした。




  END


 

 

 

Web拍手ありがとうございますSS、第九弾。

04/4/5の日記に書いた俺屍パロを加筆修正したものでした。
ASP部屋連載(11/27現在)の俺屍パロと同じ世界です。
こんなやり取りもあった、みたいな。

この話を思いついたのでASPで連載が始まったようなものなのですが。
思いつきって、時に恐ろしい勢いで増大します…


Web拍手掲載期間→2004.9.10〜2004.11.23

 

 

        閉じる