【童話物語パロ】
(ペチカ=天国、フィツ=兎丸)




 顔の横を、音を立てて風を切りながら木の棒が通り過ぎる。

 反射的にその場を動いていなかったら、確実に棒に打ちのめされていた。
 棒の正体は、何のことはないモップの柄だったが、人間に比べて随分と小さな兎丸にとってのそれは立派な凶器と言えた。


「ま、待って待ってよ! 僕、妖精だよ!」


 再びモップが振り下ろされようとしているのを見て、兎丸は慌ててそう言った。
 兎丸の言葉に、天国はモップを振り上げた体勢のまま動きを止める。
 まあるく見開かれた目には、驚愕の色が見て取れた。


「よ、うせい……?」

「うん、そうだよ。怪しい者じゃないよ」

「う」


 天国の口元が、ひくりと引き攣る。
 見開かれた瞳にゆらりと感情の波が見え、兎丸は首を傾げた。
 何事が起きたのかと声をかけようとした所で、モップを持ったまま天国がすうと息を吸った。


「え?」

「うわああああ!!」

「な、なに? どうしたっていうのさ?」

「く、来るな! いやだ!」


 上げられた悲鳴に、兎丸は思わず耳を押さえた。
 恐怖と驚きに彩られた声は、兎丸の心臓をぎゅっと掴んだかのようだった。
 けれどその声以上に、天国の表情に兎丸は驚いていた。

 天国の顔に浮かんだのは、紛れもない怯えの感情だった。
 慌てて後ろへ後退り、釣り鐘搭の端まで下がる。
 吹きつけてきた強い風が頭の後ろの髪を揺らさなければ、そのまま落ちていても不思議ではなかった。

 天国を搭の下へ誘おうと、風が耳元で唸るような音を立てた。
 あと一歩で落ちていた。
 その事実が天国の背中に冷たい汗を伝わせた。
 ちらりと搭の下に目をやって、その高さに頭がくらくらとするのを感じた。


「ね、ねえ、どうしたのさ?」

「来るな! 来たら潰すぞ!!」

「ちょ、待ってよ、ねえ」


 モップを体の前に構えて、相手を威圧するように叫んだ。
 けれど恐怖に歪んだ心は、カタカタと震える手を隠してはくれなかった。顔だってきっと、怯えて歪んでいるだろう。
 こんな状態で脅したところで、相手に舐められるだけなのは頭のどこかで分かっていた。
 それでも、怖いのはどうしようもない。
 モップの先、壁にかけておく為の金具が天国の震えに呼応してチリチリと耳障りな音を立てた。

 兎丸はそんな天国を見て困惑していたが、やがて驚きが落ち着くと笑顔になる余裕すら生まれてきた。
 背中から伸びた虹色の羽をふるりと揺らし、兎丸は天国の目の高さまで浮かび上がる。
 そんな僅かな動作にさえ、天国は肩を震わせた。
 兎丸は天国を安心させるように、にこりと笑顔になる。
 屈託のない、見る者の心を解すような暖かな表情だった。

 兎丸の笑顔に天国は目を瞬かせる。
 警戒する姿勢はそのままに、それでもモップを痛いほどに掴んでいた手から僅かに力が抜けた。
 無意識のうちの行動だったが、天国の体からほんの僅かにでも力が抜けたことに気付き、兎丸は言葉を続けた。


「そんなに驚かないでよ。悪さをしようってわけじゃないんだからさ」

「嘘だ」

「僕がここで嘘をついて得することなんて、一つもないよ」

「……妖精に会ったら、病気になって死ぬって聞いてる」

「迷信だよ、そんなの」


 苦笑いしながら肩を竦める兎丸を見やり、天国は唇を噛んだ。
 どうしたらいいのか、分からなかった。
 天国の背中の後ろで、風がびゅうと音を立てた。



END

 

 

 

Web拍手ありがとうございますSS、第八弾。

勢いで書いた「童話物語」パロの其のニです。
原作の時間軸的には、こちらの方が前になるんですけれども。
(というか、こっちはほぼ冒頭部分だったり)

兎がキャスト被ってますが、前作と同一人物です。
紆余曲折があって御柳と出会ったりするんですよ…(笑)


これを読んでいたのは丁度夏でした。
というか、ライブの遠征移動の暇つぶし用に持っていったり。
遠征なのに。分厚い本を。
進みましたよ〜(笑)
八月末のZeppにも文庫本持ってった奴です。
本好きです。阿呆です(笑)


Web拍手掲載期間→2004.8.8〜2004.11.16

 

 

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