【アルテミス・ファウルパロ】
(アルテミス=天国、バトラー=沢松)





 IQ?
 偏差値?

 そんなん、関係ないね。
 俺は、俺が俺であること。それだけが重要なことだと思ってるし。

 残酷?
 非道?

 大いに結構。
 俺は、俺のことを理解してくれるたった一人がいればそれでいい。
 心から信頼してる人間が、尊敬してる人間がいるのなら。

 生きていくっていうのは、そうそう悪いことじゃない。





「沢松! 出掛ける」

「準備は既に」

「そうか。じゃあ行くか」

「仰せのままに」


 天国は、猿野家の跡取り、一人息子だ。
 異常なほどに頭の回転がよく、性格も褒められたものではない。

 いや、褒められるどころではない。問題山積みだ。
 今でこそ適当な他人との付き合い方を学び、世間を上手く渡る術を身につけた天国だが、幼い頃は酷かった。
 学校のカウンセラーや、高名と言われる精神科医を幾人も混乱させ、欺いてきた。
 だけれど、彼の周りを取り巻く人間はそれを責めたり改善させようとはしなかった。
 それも「天国」の個性なのだと分かっていたし。
 何より、彼が残酷なだけではないことを良く知っていたからだ。


「進展はありましたか?」

「いや…ああ、でも最近はガセネタが減ったな。その点で言えば、先日の男も役に立ったと言えるかな」

「情報屋というのは少なからず繋がりがありますからね。勿論、そんなことなど見越しておられたのでしょう?」

「愚問だな」


 にやりと笑う天国に、沢松は軽く肩を竦める。
 天国に対してそんな仕草をして許されるのは、彼の周囲のごく一握りの人間だけだ。
 片手の指で足りてしまうほど、ごく僅かの。
 天国はドアを開ける沢松の左腕をぽんと叩き、滑り込むようにして車の中に入った。

 車に乗り込むなり、天国は小脇に抱えていたノートパソコンを膝の上で開いた。
 画面には、おそらく天国以外が覗いても分からないような、記号やら文字やら表やらが羅列している。
 それを眺める天国の表情は至極冷静だ。
 ハンドルを握る沢松は横目でちらりと天国を見やり、また前方を見据えた。



「あれから、妖精の方もなりを潜めているよ」


 妖精。
 耳に入ったその単語に、沢松が僅かに顔を顰める。
 如何なる時でも冷静沈着なボディーガードである彼らしからぬ表情だ。
 天国はそれを目ざとく見やり、楽しげに唇を歪めた。

 妖精、という単語はひどく非現実的なものだ。
 幼子や、御伽噺にしか出て来ない、非科学的な空想の産物だ。

 そう思ったのなら、それは間違いだ。
 妖精というものは、空想の産物でも御伽噺の中にいるものでもない。
 地上で生活する人間と同じように、いやもしかするとそれ以上に人間臭く、そして頭が働く。
 中にはそうでないものもいるが、大概が人間よりも優れた能力を持つ。
 それは、彼ら妖精の持つ科学力然り、彼らの持つ妖精の力然り。


「肋骨は痛まないだろう?」

「……あれは、確かに人間にはない能力でしたね」

「流石にあれだけはな。妖精の文字が解読できても、どうにもならない」


 その声に少しだけ、悔しさにも似た感情が含まれているのに気付いたのは、天国の声を聞いたのが沢松だったからに他ならない。
 それほど、沢松は天国の傍で過ごしてきた。
 おそらくは、天国の両親よりもよほど近くで。

 実の親にすら言わない言葉を、きっと誰より聞いている。
 何故なら沢松は"天国の"ボディーガードだからだ。
 そしてそれ以上に、仕事上のよきパートナーでもある。
 理解者で、ボディーガードで、パートナー。
 そして時には、保護者という立場にすらなり得る。


 沢松にとって天国の存在が唯一であるように。
 天国にとってもまた、沢松の存在は唯一無二のものだった。
 いや、沢松のそれよりももっと特別なもの、と言っても良かった。

 親友、相棒、理解者。
 様々な言葉があるが、どれも違う。
 それでいてどれも当て嵌まる。

 だから、唯一なのだ。



「……お」

「何かありましたか?」


 画面を見つめていた天国が、軽く声を洩らした。
 その目が軽く見開かれている。
 興味をそそるものが見つかった時の表情だ。
 昔から、変わらない。

 言動が多少大人びていたり、大人でも思いつかないような計画を思いついたりしても、天国はまだ少年なのだ。
 今更ながらにそれを思い知り、沢松はハンドルを握る手に少しだけ、力を込めた。
 僅かなその動きは、天国に悟られることはなかった。


「ふん……いや、面白いことになりそうだ。まだ兆候しか見えてないけどな」

「向かう先はこのままで?」

「うん? ああ、そうだな……少し変更するか。久し振りに和食にしようぜ」


 にやりと笑い、天国は指先でパソコンの画面を軽く叩いた。
 同年代の友人にするような物言いは、天国が精神的に高揚している証拠だ。
 見つけた代物が、余程お気に召したらしい。

 沢松は天国の言葉に一度頷くと、ハンドルを切った。


 今夜は、和食だ。




END



 

 

 

Web拍手ありがとうございますSS、第三弾。

全世界を魔法にかけている有名児童書よりも、好きな話のパロです。
これも児童書なんですけどね。
ハリポタと同じく少年が主人公なんですけどね。
…マイナーくさい……
しかし好き。
帯のあおりが「悪の天才少年」だか何だかで。

パロではありますが自分としての沢松と猿野の関係を書けたかな、と
さりげなく気に入ってたりします。
絶対的信頼関係、万歳★


Web拍手掲載期間→2004.7.2〜2004.8.8

 

 

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