【パイレーツ・オブ・カリビアンパロ】
(ジャック・スパロウ=御柳、ウィル・ターナー=天国)




「……因果なもんだよな」


 海を渡る風に紛れるような声で、天国が呟く。
 つい先刻までの、毛を逆立てたような猫のような怒り方が嘘のような調子だった。
 聞かされた事実…己の父親が海賊だった、ということが段々と身に染みてきたのだ。

 家を空けていることが殆どだった父親との思い出は、ひどく少ない。面影もあまりない。
 けれど、天国にとっては尊敬すべき、愛しき父だった。
 限りある短い逢瀬の中で、父はそれでも優しい人だった。
 持ち帰った珍しい土産の数々を、天国をその膝の上に乗せて一つ一つ何なのか教えてくれた。

 旅先から送って来られる手紙と荷物も、そのどれもに父の想いが感じられていつも楽しみだった。
 母に、そして自分に惜しみなく注がれていた愛。あれは偽りじゃない。
 優しい眼差しが、深く静かな声音が、今だって天国にとっては優しい父親のままだ。


 父が海賊であったという事実は、ひどく天国を打ちのめした。
 それを知らなかったこと。母にも、自分にも隠していたということ。
 或いは、母は知っていたのかもしれない。事実を知りながら、それでも父を愛し、自分を育てていたのかもしれない。

 けれど、どれも憶測だ。想像するしかない。
 事実がどうだったのか問い質したくとも、父母ともに不帰の客となって久しいのだ。
 血眼になって探せば、血縁の一人や二人は見つかるかもしれない。だがそれに何の意味もないことは、天国自身が一番よく分かっていた。
 事の真実を知るのは、父と母だけ。
 二人がこの世にいない今、それを知ることは出来ない。


「沈みきってんなー。何、俺が悪役みてーじゃん」


 考えに耽っている天国にかけられる、どこか軽い調子の声。
 ぼんやりと波間に目を向けていた天国は、声のした方へ顔を向けた。
 見た、というには些か強い、睨んだと表現する方が正しいような力の込められた眼差しで。


「海賊が正義の徒だとも言えないだろうが」

「んなこたぁ、百も承知だっつの。言われるまでもねー」


 天国のキツイ目と言葉に肩を竦め、御柳は言う。
 おー怖い、などと口にしてはいるが微塵も怖がっていないことは、僅かに細められた目がしっかり物語っていた。
 一発拳を叩き込んでやりたいのを必死で抑え、唇を噛む。
 そんな葛藤ですら、見透かされているようで。

 飄々として掴みどころがない、オマケに抜け目もない男なのだ、御柳芭唐という男は。
 それは、先の邂逅で知らされた事実だ。

 むっつりと黙り込んだ天国を見て、御柳は何が可笑しいのか喉の奥でくっと笑って。
 無反応の天国を横目に、どこからか見つけ出して来たらしいラム酒の瓶の栓を空けた。
 気分良さげにラム酒をあおるのを、天国は見るともなく見ていた。
 喉が、上下する。


「なーに見てんの? 惚れたー?」

「……アホか」

「んなにイヤかよ、親が海賊だったっつーのが」

「別に……今更騒いでもどーにもなんねーしな。落ち着いたら、何かどーでもよくなった」

「おー、さすが度胸あんのなー」


 やっぱビルの息子だ、などとニヤニヤ笑いながら御柳は言う。
 どうにも小馬鹿にしたような口調に、ムッとする。
 けれどそれを指摘した所で、きっとまた適当にかわされるだけだろう。
 疲れるだけのやり取りをしても仕方がない、と胸中で呟いて小さく息を吐く。

 性格が合わないのは、もう仕方がないことだ。
 それが分かっているのなら、如何すれば苛立たずに済むかに頭を使った方が余程いい。


「海賊であってもなくても。父さんは優しかったし、俺は父さんが好きだった。それは、変わらない」

「ふーん。んじゃ、何が因果なんだ?」


 問われ、天国は目を瞬いた。
 まさかあの呟きを聞かれているとは思わなかったのだ。
 聞かせる為に言ったわけではなかったし、何より自分の耳に届くか届かないかの微かな声音だったというのに。

 やっぱり、油断ならない。
 そんなことを思いながら、天国は御柳に目を向ける。
 だが本人はと言えば、ラム酒をあおりながら水平線に目を凝らしているだけだった。天国に問いかけた、それすら忘れてしまったかのように。
 それでも、何故か腹は立たなかった。
 天国は御柳の視線を辿るように海の彼方を見やり、そうして自身でも気付かないうちに口元を緩めていた。


「父さんが海賊で、海賊ギライの俺が、海賊と手を組んで海賊の舟に乗ってるってことがだよ」


 これを因果と言わずして、何と言おうか。
 自分を海へ呼んだのが、呪いなのか血なのか、それは分からない。
 どうでもいいことだった。
 ただ、どうにも因果だと思う。
 引き寄せられるように海へ出たこと、それが。


「世の中、そんなもんっしょ」

「あー、そうかもな」


 御柳の言葉に頷いて、状況は切迫しているというのに何故だか無性におかしくなった。
 世の中、そんなもん。
 それに頷けてしまう自分が可笑しい。
 声を上げて笑うことは、さすがに出来なかったけれど。



 額を抑えて顔を隠すようにしながら笑っている天国は、気付かなかった。
 天国の笑顔を見ながら、御柳がぽつりと呟いたのに。
 御柳の呟きを天国が聞きとがめたなら、また一騒動あっただろうから。
 天国がそれに気付かなかったのは幸いだと言うべきだろう。


「……いっそ、このまま浚っちまおうかな」



 大いなる海に、乾杯。




END


 

 

 

Web拍手ありがとうございますSS、第14弾。

またも有名どころです。
何だか流行っていた洋画から。
いや〜、ジョニーに燃えてましたよ私(笑)

拍手お礼、14本目ですがそのうち10本がパロものでした。
自分でしでかしたことながら驚きました。
しかし懲りもせずパロネタを考えていたりします。

……世の中の色々な方にごめんなさい。


Web拍手掲載期間→2004.11.23〜2005.01.06

 

 

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