【ICO イコ−霧の城−パロ】 (イコ=天国) 霧の城が、求めている。呼んでいる。 生贄を……ニエを、呼んでいる。 頭の両側、丁度耳のすぐ上に在る、角。 生まれてから、13歳になるある夜まではひっそりと髪の下に隠れるように、それでも確かに存在し続けるそれは、ニエの証。 ニエとして選ばれて生まれてきた、その確たる証拠。 角は、ニエが13歳になると、一夜にして髪を掻き分け伸び、その姿を誇張する。 野性の獣のそれのように長く伸び、天を向く。 角が伸びたその時こそが、生贄の刻。ニエが、霧の城に呼ばれていること、その合図。 だから、天国はここへ来た。 村を出て、神官に連れられ、霧の城へと。 その胸元に、祈りと願いが織り込まれた御印を纏って。 祈りには力がある。 たとえそれが、一見すると脆弱にしか見えなくとも。 そこに在る願いは、想いは、力になる。 自分に何が出来るのかは、分からない。 両の脚は体を支え、前に進むことを促してくれる。 躓いたなら、両の腕、その手のひらは地に着いて起き上がることを助けてくれる。 だけど、それが未知のものにどれだけ通用するだろうか。 未知のもの、強大な力に立ち向かう時に、この腕は、脚はどれだけ自分を支えてくれるだろうか。 分からない。 だけど。 ふと、胸元が暖かくなる。 そんな気がしただけかもしれないけれど、それでも天国は少し笑った。 大丈夫だ。 分からないことは多いけれど、きっと大丈夫。 根拠もなくそう思えるのは、天国自身に祈りの力が寄り添っているからだ。 天国の胸の上、その身を護るように在る御印。 祈りが織り込まれた、天国の為の御印だ。 鮮やかな模様は美しく、目を楽しませる。天国が体を動かすと、御印はまるで生きているかのようにふわりと揺れた。 天国は右手でそっと御印の表面を撫でてみた。 手のひらに伝わる、新品の布の手触り。 煌びやかなそれは、見る限り普通の布と何ら変わりない。 暖かいように、思ったのだけれど。 いざ手を触れてみると、そんなことはなかった。 せいぜい天国の体温がうつっているくらいだ。 それでも天国は、御印に手を触れていると心の内が安らいでいくのを感じていた。 胸元に手を当て、穏やかな表情で思案する様はさながら誓いを立てる騎士のようで。 実際、天国は誓っていた。 この城から、必ず出てみせると。 出て、そうして村へ帰るのだと。 「……ん、大丈夫」 一つ頷き、石の床に座り込んでいた天国は立ち上がった。 ふと思い立ち顧みれば、そこには天国が入れられていた石棺があった。 石棺は割れている。粉々ではないけれど、真ん中に大きな亀裂が入っていて、石棺としての役割はもう果たせそうになかった。 元はと言えばここから吐き出され床に体を打ちつけたことで、気を失っていたのだった。 そのお陰でおかしな夢も視てしまった。 石棺の闇が、きっと悪夢を運んできたのだろう。 あんな狭くて暗い場所に入れられれば、悪夢の一つや二つ視ても当然のことかもしれない。 実際、石棺に入れられその蓋が閉じられて行く時は不安だった。 生きながら死んで行く、そんな想いが去来するのをどうしても止めきれなかった。 「でも、どこも痛くないな」 自分に言い聞かせるように、声に出して呟いた。 腕や脚、肩や首をぺたぺたと触りながら確認する。 気を失うほどの強さで体を打ったのに、どこにもこれといって痛みを感じることはなかった。 むしろ、不自然なほどに体に力が満ちていた。 強かに打ちつけた覚えがある右の角にも触れてみる。 角は、無事だった。 酷く打ったはずなのに、やはり痛みはない。 ニエの印であるという角だが、天国にとっては体の一部であることに変わりがない。 両の耳の上から伸びる、角。 気高い野生の生き物が持つそれのように、天国の頭の両側に角は在った。角の先は固く尖り、天を指し示している。 角の表面をなぞりながら、天国は考えていた。 この角がニエの、呪われたその証だなんて信じられないと。 天を示唆し、いっそ威風堂々たる様子でその存在を誇張しているこの角が、何故呪われているというのだろう。 確かに、頭に角を生やした姿は異形の徒に見えるかもしれない。 けれど天国は、角があるというだけで、他は何ら普通の子供と変わりないのだ。 角がある、ただそれだけ。 それだって、角がこうして伸びる前は村の子供たちと比べても何ら遜色はなかった。 いやむしろ、誰よりも元気で明るい天国は、村でも可愛がられていた。 それは自分がニエだから、という理由からだけでは訪れるものではない。 少なくとも、育ての親である村長と継母さまは、天国がニエだからという理由で特別扱いをしたことは一度たりともなかった。 幼い頃から自分はニエなのだと、果たすべき役割があるのだと、それは幾度も言い聞かされてきたけれど。 それ以外は、他の子供たちと分け隔てなく育てられた。 天国は、走るのが得意だった。 それだけじゃない。木登りも泳ぐことも、誰よりも上手かった。 同年代の子供たちだけじゃない、きっと大人にだって負けないほど。 村で一番背の高い木のてっぺんまで登って、風を受けながら下を見るのが好きだった。 目も眩むような高さだったけれど、それを怖いと思ったことなど一度もない。 「帰らなきゃ」 帰りたい。 強く、心が願った。 村へ、村で待っている、皆の元へ。 帰ろう、帰りたい。早く、早く。 心がそう急かす。 草木の匂い、水の音、自分を生かして育んできた村の空気を、一刻も早く自分の肌で感じ取りたい。 天国は御印に手をやると、それをぎゅっと掴んだ。 継母さまが織ってくれた、皆の願いが込められた御印。 それに触れていると、力が湧いてくるようだった。 指先に、じわりと熱が篭もったような。 大丈夫。 帰るんだ。 胸の内で呟く。 訳もなく鼓動が高鳴り、天国は高揚する気持ちを落ち着かせようと軽く首を振った。心が浮ついていては、上手くいくものも上手くいかなくなる。 首を振った拍子に、立ち並ぶ石棺が視界の端に映り込んだ。 それに、天国はぎくりと身を強張らせる。 火照った体に突然冷水を浴びせられたようだった。 石棺は、天国がぽつりと立ち竦む大広間に理路整然と並べられている。 列を乱すことなく佇むその様は、まるで訓練を積んだ兵士のようだった。 物言わぬ石棺が鎮座している中で、天国だけが息をしている。 自分の脚で立ち、自分の頭で物を考え、動き回ることが出来る。 この、天国を安堵させ支え続ける御印がなければ。 天国が入れられた石棺も、他のそれと同様に並んでいたのだろう。 石棺の中、冷たい空気と目を凝らしても何も見えない闇と。 その感覚が呼び起こされて、天国は思わず肩を震わせていた。 石棺には負けなかった。 御印が、護ってくれたから。 あとは、帰るだけ。 震えている暇はない。 唇を引き結び、御印を掴む手に力を込める。 誓う声の代わりに。 織り込まれた、祈りの声を聞くように。 天国は大きく息を吸い込み、また吐き出すと歩き出した。 向かう先は、どこへとも知れない出口だ。 城の全容は、あまりに大き過ぎてまだ分からない。 それだけじゃない、歩むその先に何が待っているのか、それすら予測がつかない。 けれど。 大丈夫だ、と呟く度に御印が、そこに込められた祈りと願いが力を与えてくれるようだったから。 「……大丈夫」 呟き、天国は前を見据えた。 まっすぐに。 ただ、行く先を。 その目には、強い光が宿っていた。 END |
Web拍手ありがとうございますSS、第13弾。 宮部さんの本を読んだら熱が上がりまして。 かくいう私はゲーム未プレイなのですが。 本はえらい面白かったです。ゲームもいつかやってみたいです。 これ、実はこっそり続きの部分も書きたいなぁとか。 思ってたりするのですが……どうなることか。 ヨルダ役には司馬きゅんが決定してます(ぉぃ?) 長い目で見ながらやろうと思います。 …って本気でやるのか? Web拍手掲載期間→2004.11.23〜2005.01.06 |