【FF9パロ】
(ジタン=天国、ビビ=兎丸)





 その日一行が落ちついたのは、山間にある小さな村の、これまたやはり小さな宿だった。
 安普請だが、代わりに一つの家庭に招き入れられたかのような、暖かな雰囲気の宿。
 潜り込んだベッドからは日向の匂いがして、それが何とも言えず心地良かった。
 疲れていたことも相俟って、比乃は幾許もなく眠りに落ちた。



 寝返りを打ったその拍子に、眠りが破られた。
 疲れ切って眠っていたはずなのに、どうして目が覚めてしまったのか。
 眠りの淵に、深く深く沈み込んでいたはずの意識は、何の前触れもなく唐突に浮かび上がってしまった。

 あんなに疲れていたはずなのに。
 比乃は不思議に思いながら、むくりと体を起こした。

「あれ…?」

 隣りのベッドが、空いている。
 天国が使っていたはずのそれは、誰の身を支えることなく静かにそこに在った。
 空っぽの布団が、何だか寂しげだ。

 どうしたんだろう。
 どこへ行ったんだろう。

 そんなことを考えながら、比乃の体は既に行動を起こし始めていた。
 布団から抜け出し、スリッパを履いて。
 どうせ目が覚めてしまったのだから、と自分に言い聞かせるように考えてみたりして。
 比乃の体重を受けて、床板がきしりと音を立てた。
 まるで、比乃を促すかのように。





 部屋を出てから程なくして、比乃は天国の姿を見つけることが出来た。
 狭くて短い廊下の突き当たりにあるバルコニー、その手摺りに腰掛けている背中が見える。
 天国の栗色の髪、それと同じ色の尻尾がゆったりと揺れていた。


「比乃? どうしたんだよ、まだ夜中だぞ」


 比乃が天国にどう声をかけようかと思い悩んでいるうちに、先に物音を聞きつけたのだろう天国が振り向いた。
 比乃の姿を視界に認めると、驚いたように目を丸くする。
 けれどその顔には、すぐににこりと笑みが広がった。
 人懐こい子供のような、見ていると何故か安心する表情だ。

 子供のよう、などと表現すれば天国は否定するのだろうけれど。
 明るい陽射しのような屈託ない笑顔は、比乃の心を確かに軽くしてくれた。
 出会ってまだ、幾許も経っていないというのに。


 天国は細い手摺りの上だとは思えないほど軽い身のこなしで体を反転させると、比乃の前に音もなく着地した。
 出会った時、いやあの密かに潜り込んで見ていた芝居の時から。天国の身の軽さには目を見張るものがあった。
 身にかかる重力などないように軽やかに、まるで翔ぶように。
 言えば本人は怒るかもしれないが、その尻尾の所為もあってか身軽な猿のようだった。


「ちょっと、目が覚めちゃってさ。そしたら兄ちゃんいないからどうしたのかなって思って」

「あ? あー、そりゃ悪かったな。喉乾いて水飲みに出てきたんだ」


 すまなさそうに肩を竦め、天国は比乃の頭をくしゃりと撫でた。
 子供扱いされている、とは分かる。
 それはあまり嬉しいことではないのだけれど、天国相手だと、何故だか悪い気にはならなかった。
 それはある種、天国の持っている徳とでも言い表わすべきか。


「そしたらさ、星が綺麗だから見てたんだ」

「星?」

「おう。田舎だからな、よく見えんだ」


 言いながら、天国はバルコニーの方へ顔を向けた。
 つられて比乃がそちらに目をやるのと、足元と耳元で音がしたのが、ほぼ同時。
 足元からはきしりと、軋むような音が。
 耳元ではひゅうと、風を切るような音が。
 それぞれ、比乃の鼓膜を揺さぶった。

 あ、と声を上げる間もなかった。

 比乃の前から、バルコニーの手摺りへ。
 ぽん、と天国が跳んだのだ。
 迷いもなく、まるでその背に羽が在るかのような動きで。

 少しでも目測を誤れば、足を踏み外して落ちてしまうだろう。
 いやそれどころか、常人ならばあの細い手摺りの上に立つことさえも後込みしてしまうに違いない。
 手摺りの幅は、丁度天国の足の甲と同じ程の幅しかないのだ。


 天国が床を踏み切り、手摺りにた、と軽い音を立てて足が着くまで。
 時間としては、ほんの刹那だった。
 瞬きをする間、それぐらいのものだった。
 その、はずだったのだけれど。
 比乃には、永劫にも思えるほど酷く長い時間に思えてならなかった。

「比乃?」

 ふらふらと、比乃はバルコニーに向かって歩み寄る。
 半ば呆然とした様子の比乃の気付いたのか、天国が首を傾げた。
 比乃の様子を伺う為にか、天国が手摺りの上にすとんと座り込む。
 それを見て、ようやく安堵の息が洩れた。

 比乃は、ほとんど無意識のうちに手を伸ばして天国の手を掴んでいた。
 天国の手は、これまでを物語るように固い。
 様々なことを経験してきたのだろう。その中で付いたらしい幾つもの傷跡が、そこにはある。
 ただ綺麗なだけではない手のひらが伝えてくるぬくもりが、どうにも心地良かった。


「どうした? 疲れたもんな、もう休むか?」

「ううん、平気だよ。ちょっと、寒いかなって」

「寒い? 冷えたんだろ。この辺土地が高いから空気冷たいもんな」

 風邪でも引いたら大変だ、などと言いながら天国は手摺りから降りた。
 その間も手を離さずに居てくれたのが、嬉しかった。
 少し寒かったのは、嘘じゃない。指先と足先が、いつもより冷たい。



 だけど、本当は。



 あの時。
 天国が、自分の前から跳んだ時。

 そのまま消えてしまうんじゃないか、そう思ったのだ。
 跳んで、飛んで、どこかへ行ってしまうような。
 笑顔で。大丈夫だ、と優しい声だけ残して。

 そのまま、手の届かない場所へふっと消えてしまうような気がした。
 それが、怖いと思った。


「疲れすぎて眠れないのかもなー。あったかいのでも飲むか」

「うん」

「よしよし。ミルクでもあっためてやるからな」


 笑う天国の横顔を見ながら、比乃は握った手に少しだけ力を込めた。
 ほんの、少しだけ。
 天国に気付かれないように、そっと。

 どこかへ行ってしまわないで、と。そう願いながら。



END

 

 

 

Web拍手ありがとうございますSS、第11弾。

まーた有名どころにきましたよいきなり。
いや何が書きたいかって猿尻尾が。
ジタンの猿尻尾がある天国さんが。
もうそれだけですよ。
それが書けたたけで満足ですよ。

ていうか兎はパロ登場率高いな。
何故だ。


Web拍手掲載期間→2004.11.16〜2005.01.06

 

 

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