落ちても、 堕ちても、 それでも、イイ。 ……そう、思った。 あ ま い 罠 「好きなんだけど」 言われたのは、唐突だった。 意味を理解するまでに、随分時間がかかる。 脳が言葉の意味を解し、今度は今の言葉はどんな意味で言われたんだろう、という考えに行き着く。 そこに至るまでの自分でももどかしいほどに愚鈍な思考が、いっそ笑えるほど。 「……俺が?」 「お前が」 先ず基本的なことから確認してみよう、と問えば。 間髪入れずに答えが返された。 ご丁寧に、指差し確認付き。 迷いの欠片も見当たらないその答えに、人を指差しちゃいけません、と突っ込むこともできなかった。 それどころか、そっか俺か、などと口の中でもごもごと呟いてしまう始末。 なんとなく居心地が悪い気分で、ふっと視線を落とす。 何故人は落ち込んだり耐えられなくなると俯くのだろう。 そうすることでますます、思考まで落ちて行きそうなのに。 そんな、関係のないことを考えてみたりもして。 けれど、続く沈黙に絶え切れなくなったのは、やはりと言うか天国が先で。 「それって、どういう意味で?」 バッティングでもストレート打ちが得意な天国は、性格の方も変化球対応はしていない。 隠し事や、遠回しになどできないのだ。 言葉にしてから自分でも直球過ぎかな、とは思った。 それでも、音にしてしまった言葉は元に戻せないので、意を決して俯かせていた視線を御柳に向ける。 そうしてぶつかった目に、天国は思わず息を呑んだ。 御柳の、人をハッとさせるような赤いラインが引かれたその目。 その瞳に宿る光、その力は強い。 知ってはいたけれど、改めて思い知らされる。 切り裂くような強さではないけれど、目を離せなくなるような引力があるのだ。 それを向けられて、僅かながらも心拍数が上がる。 悪いことをしたわけでもないのに、責められているような錯覚に陥る。 ぽんぽんと跳ね上がり始める心臓を自覚しながら、それでも天国は目を逸らせなかった。 天国の意地か、それとも御柳の目が持つ性質の悪い魅力のせいか。 途惑う天国を余所に、御柳がすうっとその目を細めた。 微笑する、その表情は確かに世間がイイ男だと評価するのも仕方ないかもしれない。 そんなことを、思った。 そう思わされても仕方ないような、そんな笑顔だった。 「お前、直球すぎ。ま、その方が話はしやすいけどな」 「……褒められてんのか貶されてんのか分からん」 「褒めてんだって」 くつくつと笑いながら、御柳は視線を逸らさない。 先に目を逸らした方が負け、何故だかそんな気にさえなる。 逸らせない、まるで凍りついたかのように。 なんか…… ちょっと、どきどきする気がするかも。 ………… って、ちょい待てストップ落ち着け俺ぇぇ!?!! どきどきする、って恋する乙女★ かっつの?! 明美の時ならまだしも今はダメだろおかしいだろ、ていうか何なんだよマジなんでこんな見つめ合っちゃってるわけですか、ああもうギャグじゃなくて? っつかギャグに流してもいーですか、むしろギャグにしてやる…っ 「俺が言ってんのは、恋人同士になりましょー。な、スキ。understand?」 「こいびと……」 「その単語自体が分かりません、な顔しねーでくれる?」 「や、さすがにそれは俺でも分かりますけど」 「何で敬語になんだよ、ここで」 「……おもしろいかなー、とか思って」 ちくしょう、こんな顔してもコイツってばやっぱり男前だし。イケメン嫌い…つか世の中のイケメンと呼ばれる男は全部俺の敵! だった、いや今だってそれは変わらない俺が何でどうしてコイツと仲良くおともだち、になったんだろ。ああそっかゲームの話で結構盛り上がって、そんでそこから色々話し込んでみたら案外イイ奴だったんだ、そうだそこからだっけか。 苦笑する御柳を見ながら、思考はどんどんと外れて行く。 人はそれを現実逃避と呼ぶ。 が、天国にとってはどうでもいいことだった。 むしろ今自分が逃避している、という事実にすら気付ける精神状態ではなかったのだから。 「なあ、聞いてもいい?」 「……答えられることなら」 混乱している天国に、御柳が問う。 ぐるぐると何だか回り出してしまったような思考を抱えて、天国は半ば呆然としたまま頷いていた。 人は本当にパニックに陥るとどんなリアクションもできなくなるんだな、と頷きながらまるで他人事のように思う。 頷きながら、自分がどんな感情もその顔に映していないことに天国はちゃんと気付いていた。 許容量の限界を超えるほど色々な感情が去来してしまい、どれにもこれにも対応出来なくなってしまったのだ。 「俺んこと、キライ?」 向けられたのは、問いとまっすぐな目。それに……心。 混乱してヒートしかかっていた心が、すうと落ち着いた。 息を吐いて、それから御柳の目を見返して。 天国は、ゆっくりと首を横に振った。 「キライなら、こうやって会ったり遊んだりするわけ、ねーじゃん?」 その答えは、本当だった。 自分が嫌う人物と仲良く遊んだりできるほど、天国は聖人君子ではない自分をちゃんと知っていたから。 と、いうよりも。 キライな人間、苦手な人間にはどうにも態度に出てしまうらしく。 それは密かに、天国の悩みの種であったりもした。 今ここでは関係のない話ではあるけれど。 「そっか。キライじゃ、ねーんだ」 天国の言葉を、御柳が微笑しながら復唱する。 その口調が、表情が安堵した子供のような無防備な色で。 はからずしもそれを真正面で受け止めることになってしまった天国は、またも謎の動悸に混乱してしまう。 御柳は皮肉もよく言うし、賭け事は好きだし、人を食ったような態度が往々にしてあるのだけれど。 時折、思い出したように年相応な、いや普段が普段だけに年よりも幼くも見えるような無防備な表情を晒すことがある。 そうして天国は、そんな顔を見られることが密かに嬉しかった。 それがどうしてか、信頼の証のようにも思えて。 告白なぞをされてしまった後だからか、そんな顔を向けられること自体にも意味があるように思えてしまう。 勝手に疾走を始めようとする心臓に、天国は慌てた。 こ、こらこらこらっ?! 俺の意思を無視すんなっつの! ってか、なんでドキドキしてんだよ、俺…… 俺、もしかして…… もしかしなくても流されやすいのか??!! 「なあ、キライじゃねーならさ」 「は、はいっ」 「……声裏返ってんよ。んな緊張すんなって」 くつくつと、楽しげに御柳が笑う。 その笑顔は、御柳が本当に楽しいと思っている時に見せるそれで。 何時の間にかそんなことが分かるようになってしまっている自分に、今更ながらに驚いた。 付き合いはそう長くないはずなのに、それだけの時間を共有してきたのだろうか、と。 笑いながら、御柳が天国の髪に触れた。 それとない仕草で、自然に。 触れた髪をその長い指先で摘み上げ、おそらく女相手ならば一発でKOであろう笑顔を天国に向ける。 「……で、なんだよ?」 「キライじゃねーなら、付き合ってみねー?」 「は?」 「お試し期間」 「ドモホルンリ……」 「違ぇから」 ボケが完成する前に呆れたような言葉で遮られ、ぺち、と額を叩かれる。 痛くはないけれど、その掌の熱が伝わってきてそれに胸の内を掻き毟られるような気分になった。 「キライ、じゃねーんだよな?」 「うん」 「だったら、俺にチャンスちょーだいよ」 「チャンス?」 「そ」 にや、と笑うその顔が。 今まで幾度か見たことがある、表情だった。 何がしかの勝負に出る時、見せる顔。 勝負事の好きな御柳の、勝敗を決する賽が振られる、そんな時に見せるような。 負けないという自信と確信に満ちた、それでもほんの微かに見え隠れする不安にも似た僅かな揺らぎと。 それが複雑に入り混じった、告げたことはないけれど壮絶にカッコイイと天国が思っている、そんな目。 この顔、やっぱ好きだな。 視界の端、御柳の指先が天国の髪をさらさらと弄んでいる。 他人から見たら、こんな風な自分たちはどう見えるのだろう、と。 今更ながらに、そんなことを考えた。 「だってよー、不公平じゃね? 俺はお前に落とされてんのに、お前だけ平気ってーのはさ」 「……それは俺の知ったこっちゃねーだろ」 「いーや。お前のフェロモンにやられたんだから、お前の責任っしょ」 「そ、そこまで管理できるかっつの! てかフェロモンて何だ、フェロモンて!」 あまりと言えばあまりな物言いに天国は目を剥いて声を荒げる。 お前の責任だ、とまで言われては黙っていられない。 けれどそんな天国の反応に、御柳は嬉しげに目を細めているだけで。 あまつさえ、にやりと笑ってこんなことを言ってきた。 「この俺を落としたんだから、それ相応の責任は取ってもらわねーとな?」 「だーから、知らねーって……」 もう何を言っても無駄かもしれない。というか確実に何言っても無駄だ。 そう思いながら、それでも一応否定はしてみる。 些か投げ遣りになってしまった感は否めなかったが。 ひらひらと手を振った天国の、その手をがしりと御柳が掴む。 長年野球を続けているだけあって、その掌は固く分厚い。 天国の掌にも肉刺が出来てはいるが、御柳のそれとはやはりまだ違う。 その差が、経験の差を表しているようで。 正直、悔しいと。そう思った。 「落としてやんよ。俺に」 「……出来るもんならやってみな」 「言うじゃん」 やられっぱなしは悔しいから、言い返してやれば。 言われた御柳が、天国の手を掴んだままにやりと笑った。 唇の隙間から覗いた八重歯が、まるで獲物を狙う牙のよう。 それにどきりとしたのは、もう否定できなかった。 チャンスが欲しいと、そう告げた時の御柳の表情は至極真剣だった。 好きだと言った言葉にも、落としてやると告げたのにも、嘘はない。ただの一欠片も。 それが、少しではなく嬉しいと、確かにそう思った。 御柳は、勝てない賭けはしない。 勝負の見えている賭け事なんざ面白くない、と言いつつそれでも負ける勝負はしない。 本人はそれを自分の運の強さだと笑う。 勿論それに嘘があるということではないだろうが、全部が本当だとも思えない。 御柳の計算高さを、天国はもう知ってしまっているから。 知っていて、天国は敢えて御柳の申し出を受けた。 自分が負けるだろうと予測が出来る、その勝負を。 真剣な目と、触れる指。 それに、瞬間的に思ってしまったのだ。 落ちても、イイと。 きっと悔しいことに御柳は天国が頷いた時点で、勝負の行方など分かってしまっているに違いない。 天国自身でさえ、分かりすぎる結果が見えるような気がするのだから。 それでも、この腕に浚われるなら、いいかもしれない。 面白いものが見られるかもしれない。 御柳ほど極端ではないにしろ、天国も勝負は結構好きだったりするのだ。 「逃がしてなんて、やんねーぜ?」 笑いながら、御柳は天国の指先にキスをする。 挑戦的な言葉とは裏腹に、その仕草は酷く優しく、柔らかかった。 天国は口づけを享受しながら、これから仕掛けられるであろう罠のことを思う。 それはきっと酷く甘いだろうと。 そんなことを考えて、天国は小さく笑った。 END |
猿野天国生誕記念2005! 今日は祭り本番です! 天国しゃん、お誕生日おめでとう〜! 一人サルタン祭り、4日目にして基本ぽい話になりました。 やっぱり芭猿は書き易いです。 UPDATE/2005.7.25 |
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