「みゃーあーって。なあ、どこ行くんだかいい加減教えろよ」


 天国は、もう何度目かになる問いを繰り返した。





   
遠くまででも、君と一緒に





 四月の終わりから五月の始めと言えば、ゴールデンウィークである。
 しかしながら、天国も御柳も野球部という多忙な部活に所属しているその上に、他校同士という哀しくも乗り越えられない壁がある。
 休みなどあってなきが如し、な二人なのだけれど。
 何の偶然か奇跡か、それとも神様の気まぐれか。
 二校の休日が重なる日があったのだ。
 そうなれば、付き合っている二人が会う予定をたてるのは勿論のことで。

 デートの前の晩、御柳は天国に、明日はちょっと遠出しよっか、と告げた。
 天国は当然の如くどこに行くのかと聞いたのだけれど。
 御柳は着いてからのお楽しみー、と言っただけで教えてくれなかった。
 そうして、今に至るのである。

 朝から何度も繰り返す問いに、御柳はずっと話をはぐらかし続けていたのだけれど。
 埼京線川越駅で乗り換え、天国がほとんど使ったことのない東武東上線に乗り込んだ所でようやく答える気になったようだった。
 というより、段々機嫌を損ねてきた天国に根負けしたというのは正しいのだけれども。


「しゃーねえなあ……場所は、東松山駅」

「……行ったことねえよ」

「あは、実は俺も二度目ー」

「御柳さん? 一体何をしに行くおつもりで?」


 カワイコぶっても誤魔化されんからな、とじろりと睨めば、御柳はますます悪戯めいた笑みを深くするだけで。
 どこへ行って何をする気なんだろう、と些か不安になったけれども。
 何だかんだ言って御柳は天国を楽しませてくれるので、まあいいかとそれ以上悩むのをやめることにした。

 二人が付き合い出して六月で一年になる。
 夏大が始まれば今日のようにゆっくり会って出かけたりするのが難しくなるのは、昨年で実感済みだ。
 だから、会える日はとことん楽しみたい。
 そう思ったのだ。


「ゴールデンウィークだから、ちっと人多いかもしんねーなー」

「この時期はどこも一緒なんじゃねえの? 仕方ねーよ」

「娯楽施設じゃねーから、それよかマシだと思うけどさ」

「ま、期待しててやるよ」




 目的地、東松山に着いたのは出発してから1時間と少ししてからのことだった。
 初めて降り立つ駅は、慣れないせいかどこか落ち着かないような気分がする。


「けど案外遠くないんだな」

「そっか?」

「うん、もっと時間かかるかと思った」

「まあ県内だしな」


 目的地は決まっているらしく、御柳は淀みない足取りで歩いていく。
 覚悟していたほど、人は多くない。
 程なくして、御柳が足を止めたその場所は。


「……神社?」

「小っちぇー頃に1回来ただけなんだけど、変わってねえなー」


 どこか懐かしそうに目を細めながら、御柳が言う。
 その顔が何だかいつもより幼げに見えて。
 天国は少しだけ、どきりとした。

 御柳は昔を語らない。
 天国が聞かない所為もあるのだろうけれど、どこか容易に触れられないような何かを感じるのだ。
 だから、今、少しだけ。
 過去の片鱗を、幼い御柳を垣間見た気がして、嬉しいような気がした。


「ところでさ、この神社の名前って何て読むんだ?」

「…………」

「みゃあ? 何黙りこくってん」

「……やきゅう」

「へ?」

「やきゅうって読むんだよ。だから連れて来たんだっつの!」


 箭弓神社。
 何気なく訊ねた問いに返ってきた答えに、天国はきょとんと目を瞬いた。
 やきゅう、と。
 それは二人を繋いだ単語だから。
 意外すぎる答えに天国が思わず言葉を忘れていると、その沈黙の意味をどう受け取ったのか御柳は何やらバツが悪そうに眉を寄せて。


「名前が名前だから、プロ野球選手とかも来たりするらしいってんでさ。ガキの頃連れてこられたんだよ」

「あ、そうなんだ」

「……一応、俺らの縁にもなったもんだし。天国こういうの好きだろうと思ったし。だから、来てみたんだっつの。そんだけだよ」


 恐らく照れているのだろう、拗ねたような口調で御柳は言う。
 あ、やべー何かこういうの好きかも。
 ふとそんなことを思ってしまった自分に気付いて、無性におかしくなった。
 末期だなあ、と思うのだけれど、好きな気持ちは自分でも抑えられない。

 だから。


「っし、そんじゃあせっかく来たんだから、お参りしてこーぜ!」


 にっ、と。
 天国は笑って、御柳の手を掴んだ。
 そのままぐいぐいと御柳を引っ張り、境内へ向かう。
 絵的には手を繋ぐというより、御柳が天国に連行されているような。

 恋人つなぎは、昼日中の人前ではやっぱり恥ずかしいから。
 色気がないけど、こんなもんで勘弁して欲しい。
 御柳が少しだけ見せてくれた過去のこと、ここへ連れてきてくれたことが嬉しく思えたのは、本当だから。

 触れる場所から天国の思いが伝わったのか、御柳はふっと笑って。
 引っ張られる手はそのままに、あーあと肩を竦めてみせた。


「やっぱりな。ぜってーこういうの張り切ると思ったんだよお前」

「うるせ! 二人なんだから楽しいに決まってんだろっ」


 べえ、と舌を出しながら言ってやれば。
 御柳も同じように舌を出し返してくる。
 晴天の下で、子供のようなやりとり。


 でも本当の所は。
 二人一緒ならどこへでも行ける。
 どこだってきらきらと、輝いて見える。
 そう思ったのは、多分二人とも。

 同じ想いでいられるのなら。
 見詰め合えるのならば。
 ここがきっと、世界の涯。


END


 

 

 

猿野天国生誕記念2005!

金沢的サルタン企画、最終日でございます!
住んでいるのをいいことに、埼玉ネタです。
情報源は立ち読みした地図・旅行誌です。
実際行ったことはありませんが、箭弓神社は実在します。
大宮から1時間弱で行けるらしいです。

はてさて、とにもかくにもサルタンでした。
これからも精進して参りたいと存じます。
一週間お付き合い頂きまして、ありがとうございました!!


UPDATE/2005.7.28(木)

 

 

 

 

          ※ブラウザを閉じてお戻りくださいませ。