想い出が美しい、なんて。
 どこのバカが言ったセリフか知らないけど。

 そんなの嘘だ、と、思う。





   
螺旋に終わりはくるか





 何がどうしてこうなったのか。
 問い質したことはないから、その理由は分からないのだけれど。


「猿、はっけーん」

「げ。まぁたお前かよ……」


 ぺし、と軽く後頭部を叩かれて振り向けば、そこに居たのは華武のエーススラッガーこと御柳芭唐で。
 天国が顔を顰めるのを見て、御柳は相変わらず嫌われてんなー、などと言いながら笑った。
 嫌っている、というよりは。
 天国の感情を占める割合で大きいのは、何より途惑いだ。

 知っての通り、天国と御柳は合宿初日から衝突を繰り返していた。
 それはもう、周囲がもう少し大人になれよお前ら、と頭を抱えたくなるような勢いで、だ。
 そんな、寄ると触るといがみ合いだった二人の関係に変化が見られたのは、一昨日のことだ。


 練習後に白雪に呼び出され、何かと思えばボール磨きを言い渡された。
 当然のことながらそれに反発した二人だったが、押し切られた。
 にっこり笑って、有無を許さぬ威圧感付きで。
 伊達や酔狂だけで監督に選ばれたわけではないらしい、と思ったのは多分二人同時に。

 結局逃げられずにボール磨きをすることになり、最初こそお互いぶちぶち文句を言いつつ作業していたのだが。
 練習後で疲れてるわ空腹だわで段々無言になっていった。
 疲れたもうやだ腹減った、と床に倒れ伏して、何故そんなことを言う気になったのか。
 自分でも理由はよく分からないけれど、天国は言ってしまったのだ。


『俺別に、オマエんこと嫌いってワケじゃねーんだけどな……』

『ふーん……』


 その時の会話は、そこで終わった。
 天国自身、特に何か考えて口にしたわけでもなかったから、就寝する頃には忘れていた。
 ……のだけれど。


「……んでこんなコトになってんだ」


 別段面白いことを言った覚えもない。
 互いに威嚇し合っていたのだから。
 それなのに、何故だか二人でボール磨きをさせられた翌日から御柳の態度は比較的マトモになっていて。
 相手がいなければケンカは出来ない、とはよく言ったもんだと思う。
 普通に話しかけられれば、天国も別にケンカをしたいわけではないから普通に返す。

 話をするようになれば御柳はノリはそこそこ良いし、意外なことに面倒見もいい。
 そんなこんなで多大に困惑しながらも天国はずるずると御柳と友達関係、というものを築きつつあるのだった。


「……おかしいよな…」

「何が?」

「や、別に……」


 まさか面と向かってお前の態度がだよ、とは言えずに適当に言葉を濁した。
 落ち着かなさげに視線をうろうろさせる天国に、御柳はく、と笑った。
 普通に会話するようになって知ったことだが、御柳はこんな風に喉の奥で笑うような笑い方を、よくする。
 それがまた、腹の立つことによく似合うのだ。
 悔しいが自分は同じことは出来ないな、と思う。


「だって俺、お前に興味あんだもん」

「は、あ?」


 脈絡のない言葉だった。
 だが心の内を覗かれたような気がして、天国は目を瞬かせる。
 驚く天国の肩を、御柳は人差し指でとん、と突いて。
 全然大した力ではなかったそれに、けれど天国はふらりと後退った。


「気付かねえ? んなワケねーよな、おんなし匂いがしてんだってこと」

「何、言ってんだか」

「勿論、全部が全部とは言わねーけどさ。立ってる場所が似てるっつーか、同じっつーか?」

「ちょ、マジ待てよ。お前が言ってること、意味不明なんだけど」


 着いてけねー、と首を振ると、御柳は不服そうに眉を寄せた。
 下手に顔立ちが整っているせいだろう、不機嫌な顔をされると物凄く威圧感がある。
 勿論それに動揺するような天国ではないのだけれど。
 ここで気圧されてたまるか、と御柳を睨み上げる。


「自覚、ねーんか」

「だから、何がだっつーの!」

「諦めが悪いクセに、終わりも知ってるってカンジ?」


 語尾は疑問系だが、御柳の目は核を突いていることを自覚していた。
 言い逃れなど、出来ないような。
 意識をすくわれ、絡め取られるような。
 そんな、気がした。
 厭な汗が背中を伝うのを感じる。

 同じ? 何がだよ。
 ワケ分かんねーこと、言うなよな。

 笑え。笑ってそう言え。
 思うのに、声が出ない。


「ホラ、同じっしょ」


 首を傾げるように少し曲げ、皮肉っぽく言う。
 伸ばされた指が、天国の前髪に触れた。
 御柳の手が、視界の半分を覆う。


「何があったか」


 御柳が笑う。
 それはいつも見せている皮肉めいた笑みではなくて。


「教えてほしい?」


 何でそんな顔してんの、オマエ。
 そんな顔俺に見せて、どうしてほしいワケ?
 泣きたいみたいな。
 淋しいみたいな。


「それとも」


 置いていかれた、子供みたいな。
 どこかで見た、こんな表情。
 指先が冷たい。
 御柳が天国の目を覗き込むように、身を屈める。


「暴かれたい?」


 知っている、そう思った。
 御柳が見せた、およそ普段の彼からは想像出来ないような表情、それを。
 どこで見た? 一体いつ?


「……ぃ……」


 声が出ない。もどかしい。
 首を振って、御柳の指から逃れる。
 思い出した。いつ、どこで見たのか。
 それが分かった瞬間、天国の感情を満たしたのは何より嫌悪感だった。


「一緒に、すんなっ!」


 喉の奥から、絞り出されるように声が洩れた。
 どちらかと言えば、その声は悲鳴にも近いような響きだったけれど。

 嫌悪、苛立ち、恐怖。
 目まぐるしい感情に眩暈がしそうだった。
 暴かれたい、そんなワケないだろう。

 御柳が見せた顔を、感情を知っている。そんなの当たり前だった。
 何故すぐに気付かなかったのだろう。
 あんなに何度も目にしていたのに。
 子供の頃。鏡の前で。
 何をしたワケでもないのに、息が乱れていた。


「同じなもんは、仕方ねーっしょ」


 肩を竦めた御柳は、もういつもの皮肉げな笑みに戻っていて。
 震える腕を押さえながら、天国はただ首を振った。
 暴かれ、かけた。
 誰にも気付かれなかった、踏み込まなかった場所を、想いを。
 それがこんなにも怖いことだとは思わなかった。


「それで……どうしたいんだよ」

「べっつに? それとも何、慰め合ったりしてみる?」

「死んでもゴメンだ」

「言うと思った」


 俺と同じだし。
 呟く御柳の声は、あくまで軽い調子だ。
 汗が冷えて、寒い。

 御柳の言葉が、まだ耳に残っている。
 教えてほしい? 暴かれたい?
 囁くような声に、一瞬身を委ねてもいいと思ったのは、気のせいじゃなかった。


「見抜かれたのは、同じだからか」

「多分、な。あ、別にどーこーしようってんじゃねえよ?」

「……なら悪戯に暴くなよ」


 思い出したくないことなんて、山ほどあるんだから。
 ぽつりと口にした言葉は、思っていたよりもずっと疲れた響きで。
 それに天国は自嘲し、くしゃりと髪をかき乱した。

 過去からは逃れえない。
 知っていた筈なのに、改めて突きつけられると何故こんなにも痛いのだろう。
 思わず洩れた溜め息に、また笑うしかない。


「なあ」

「…んだよ」

「キスぐらいしとく?」


 慰めにもならないかもしんねーけどさ。
 にやりと笑う御柳は、女グセが悪いらしい。
 相当数の女のコがこの男に泣かされているのだと、そんないらん情報をくれたのは沢松だった。

 まあ、この顔なら。
 確かに引く手数多なんだろうなあ、と思う。
 不覚ながら、それを理解してしまった。


「……好きにしろよ」


 あれ。
 フザけんな死んどけバーカ。
 って。そう言うつもりだったんだけど。

 自分で思っているよりずっと混乱していたらしい。
 天国の返事は御柳にも予想外だったようで、鮮やかな紅に縁どられた目がきょとんと見開かれた。
 これも見たことのない顔だと思い、何だか可愛いなと思って可笑しくなった。
 顔には出さなかった筈なのだが、恐らく雰囲気で天国の考えていることを悟ったのだろう。
 何せ同じだと言い切るほどだから。

 御柳が少し乱暴なくらいの力で天国の腕を掴んでくる。
 それに顔を顰めるより早く、掴まれた腕を引かれた。
 ぐらりと傾いだ体は、そのまま御柳に支えられる。
 耳の後ろ辺りの髪を掴まれて、天国は目を伏せた。

 これも、いつか。
 忘れたい記憶になるのだろうかと。

 そんなことを思いながら。



END


 

 

 

本誌200話を読んで出来上がった話です。
闇猿デフォルトかYo!と。
199話とかで仲悪い芭猿もええかも…とか
暢気に考えてただけに明かされた過去は衝撃でした。
というわけで、感想代わりの話。

↓以下はちょっとウザイ金沢の語り(笑)
今までも何度か書いてきたのですが。
御柳と天国は立つ場所が同じ。でも向いてる方向は別。
犬飼と天国は立つ場所は別。でも向かい合ってる。
犬と芭と辰、+あの人(大神)のことで一番置いていかれた感があるのは
多分御柳じゃないのかな、と。
あの人は死んじゃったみたいだし、二人はソフトに転向しちゃうし。
そうなる原因を作ったのが御柳だとしても、
置いていかれたと思ってるんだろうなあ、と。

今回の件で猿が置いていかれたってのが判明したわけで。
あー、被った…みたいな(笑)
立つ場所が同じ、っていうのが、ね…あはは。
でも向いてる方向は別なんです。性格が違うみたいに。
だからそれぞれアプローチの仕方も違う。

御柳は歪んでるっていうより子供なんじゃないかと。
ワガママ言って、無理なこと要求して、どれだけ許されるか。
どれだけ受け容れてもらえるか。
それの範囲でどれだけ思われてるか測るみたいな。

天国は逆に許容しちゃうタイプな気がする。
心配かけたくないから、相手が大事だから、
苦しいのも嫌なのも言い出せなさそうな。
甘えてもたれかかる、ってことを上手くできなさそう。
付き合った相手に合わせて自分を変えちゃうような雰囲気あるかも。
楓ちゃんの時もちょっと流されてたっけ…(笑)

って語りは別ページ設けろよ自分、て感じで。
すいません……


UPDATE/2005.10.6(木)

 

 

 

 

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