「しーば、出かけよっぜ!」



 嬉しいのは、君の嬉しい顔が傍に在るから。









               
買い物に行こうよ。










 天国が司馬を連れ出したのは、何のことはない駅近くのデパートだった。
 駅前には繁華街があるが、その中でもこのデパートは一番大きい。中に入っている店舗も、その大きさに応じて色々ある。
 かと言って、この街に住む人間にはさして目新しいものでもない。
 何か入り用な物があればとりあえずそこに行けば揃う、くらいの認識だ。




 司馬は正直、天国がこんな場所に嬉しそうに出かけよう、と言った理由を図りかねていた。
 やっぱ定番はここだよなー、と天国が司馬を引っ張って行ったのはCDショップだ。
 二人でどこかへ出かけると、場所はそれぞれでも必ずと言っていいほど立ち寄る店。



 天国は、司馬の横の試聴機で音楽を聞いている。
 楽しげな天国が聞いているのは、J-POPの新作らしかった。
 時折その足でリズムを取っているのが目に映る。


 と、ふと目線を動かした天国と目が合う。
 そのまま視線を絡ませていると、天国は少し照れたように、けれど嬉しそうにふっと笑んだ。
 天国の笑顔は、あたたかい。
 以前に一度、春のひだまりみたいだ、と告げたら天国は身も世もなく照れまくった。
 けれど司馬は、臆面することなくそう思う。
 天国の笑顔には、周りの人間の心をも暖かくさせる力がある。
 何をするでもなく、ただ幸せな子供みたいな笑顔。
 それがどれだけ人を惹き付けるか、天国本人は微塵も気付いてはいないのだけれど。


 ジッと凝視している司馬を不審に思ったのか、天国が首を傾げて耳に当てていたヘッドフォンを外した。
「司馬? どしたんだ?」
 問いに、司馬もヘッドフォンを外す。
 物怖じすることない天国の視線に、司馬はようやくふっと口元を緩ませた。
「見てただけ、って…なんだよ、何かあったかと思うじゃんか」
 唇をヘの字に曲げる天国に、司馬は僅かに首を傾けた。
 ごめんね、のサインに天国はもういいよ、と笑う。


「どっか別のトコ行くか」
 言うが早いか、天国は司馬の腕を軽く引いて歩くように促した。
 促されるまま、司馬は天国の隣に並んで歩き始める。
 天国の歩調は、いつもより少しゆっくりめだ。
 司馬は天国に合わせて歩きつつ、ふと視線を送った。
 その動きに気付いた天国が、司馬の視線を受け止める。
「んー? どこ行くかって? そうだなー…」
 少し眉を寄せ思案している所で、二人は吹き抜けに辿り着いた。



 天国はてくてくと吹き抜けに近づいて、下を見下ろした。
 室内だから風はないが、見晴らしはいい。
 手すりに手をかけ、天国は笑うように目を細めた。
 司馬は、そんな天国を見つめていて。
 射るような視線に、天国は微苦笑する。
「穴開きそーだよ、そんな見られてっと」
「……!」
 その言葉に、司馬は頬を染めて頭を下げた。
 下げた頭の上から、楽しげに笑う声が降ってくる。
 不思議に思いながら顔を上げると、天国が笑いを堪えようとして、それでも堪え切れずに肩を震わせているのが目に映った。
「そんな謝るよーなことでもないじゃん」
 律儀な奴ー、と堪え切れなくなって天国はけらけら笑い。
 どう反応して良いか困った司馬がそれに困ったように眉を寄せているのを見て、天国はまた楽しげに笑った。



「俺さー、別にここに来たくて仕方なかったってワケじゃねーからな?」
 笑いが収まって、唐突に天国がそう口にする。
 その言葉に、司馬はこくりと頷いた。
 確かに終始楽しげではあったけれど、どう見ても何か目的があって行動しているようには見えなかったからだ。
「あのな。司馬と日常を経験してたかったの、俺は」
「?」
「俺、司馬といる時間好きだよ。すっげー安心するし。だから、そういう時間を満喫したかったんだよ」
 そこまで言って言葉を切ると、天国は続きを考えるかのようにかしかしと髪をかき乱す。
 司馬はふっと笑ってその手を掴むと、軽く首を振ってみせた。
 頭、ぐしゃぐしゃになっちゃうよ?
「ん、さんきゅ」
 こくんと頷く天国は、照れているのか僅かに頬を赤く染めている。


「俺、司馬といると楽しい。楽しいっつか、気持ちがあったかくなるっつーか……」
 天国は必死になって言葉を探している。
 視線がうろうろと空をさまようその様子ですら愛しくて、司馬は握ったままだった天国の手に、そっと力を込めた。
「だから、うーん、何つーんだろ……」
 考えながら、天国も司馬の手を握り返す。
 きゅ、と繋がれた手は、ただあたたかかった。
 天国が見せる、笑顔そのままに。


「えーっと、アレだ! 司馬と一緒に居たかったんだよ、結論は!」
 もう小難しい事はいいや、という結論に達したらしい天国が半ば自棄ぎみにそう言った。
 その言葉に、司馬が嬉しそうに微笑う。
 握った手の人差し指がとん、と手の甲を叩き、それがどうもありがとう、の言葉であることをちゃんと理解した天国は今更ながらに顔を赤くした。
「や、どういたしまして…?」
 言葉を返しながら、何か変だと天国は首を傾げ。
 けれど司馬が行こう、と促したためその疑問は宙に投げ出された。



 二人、手は繋いだままだ。
 司馬はわざとそれを離さずに、天国は司馬の自然な動作の所為でそれに気付かずに隣に並んで歩き始める。
「なー司馬?」
 歩きながら、天国が司馬を呼ぶ。
 いつものごとく無言で、けれど何? と聞き返すと。
「俺、司馬と一緒ならどこでも楽しいんだからなっ」
 ぴっと指を突き付けつつ、そんな宣言をされた。
 司馬は一瞬、サングラスの奥の目を見開いたけれど。
 すぐに笑みを零すと、空いている方の手で天国の髪をくしゃりと撫でた。


 天国の髪に触れるのは、司馬の癖。
 嬉しい時、宥める時、慰めたい時。様々な時に、司馬は天国の髪に触れる。
 言葉を語らない代わりに、司馬はそうして会話をする。
 雄弁なその指先が、天国は好きだった。
 今も、司馬の指先は語ってくれて。
 そんなの、俺も一緒だよ。
 その言葉に、天国はまた笑顔になるのだ。
 零れたひだまりに、司馬もまた嬉しげな表情を見せ。




「うっし、司馬! アイス買いに行こう!」
「……?」
「二段アイス買って、それを二人で食べんだよっ。一緒にいる時にしかできねーこと、しないとな♪」





 一緒にいると、楽しいから。
 嬉しいから。
 幸せだから。



 …だから、一緒にいよう。
 二人でいられる時間を、思う存分満喫してやろう。



 手を繋いでの買い物だったり、
 隣りに並んで雑誌を立ち読みしたり、
 コンビニでお菓子を買ったり。



 何でもない日常を、特別にしよう。
 それにはきっと、二人でいるだけでいいから。




 とりあえず今は、

 買い物に行こうよ。




 あとのことは、全部それからでいい。





END



 

 

 

◆後書き◆

ばかっぷる好きなのか私…(大好きだよコンチクショウ!)
って感じの話に仕上がりました。
久々の気がする馬猿小説。
(←でも日記にちょこちょこ書いてるから本当は久し振りでもない)
馬猿…好きなのに書くのが難しいです。
司馬くん、喋ってくれないから…(泪)


UPDATE/2003.2.14(バレンタインじゃーん…)

 

 

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