遠く離れて、それでも心は傍に在るから平気、だなんて。


 だから、不安になることなんてない、なんて。



 どうして、そんなこと言えるんだろう。


 信じられるんだろう。


 会いたくて会いたくて、仕方ないのに。


 この心は、こんなにもただ一人を呼ぶのに。


 ……どうして、会えないんだろう。



 



   
晴れすぎた空と、寂しい心と

 




 面白いとは決して言えない授業を聞き流しつつ、天国はぼけっと外の景色を眺めていた。
 正確には、空を。
 天気は快晴。
 真っ青に晴れ渡った空に、白い雲が申し訳程度にぽつりぽつりと浮かんでいるのが見て取れた。


 晴れすぎ。
 悪態をつくように内心で呟き、天国は僅かに眉を寄せた。
 晴天が嫌いなワケでは、決してない。
 けれど、自分の心情とは裏腹にこうまですっきり晴れ渡った空を見ていると、少しばかり腹が立つのだ。
 人の気も知らないで、と。そう思ってしまうのだ。


 ……これが雨だったら雨だったで、人の気持ちをますます落ち込ませるような空だ、と文句をつけていたのだろうとは思うが。



 つまりは、程度の低いやつ当たりでしかなく。
 それを自覚している天国は、ふっと微苦笑した。
 相も変わらず、教壇に立つ教師は朗々とつまらない話を続けている。
 天国はそれを横目で見やり、堂々と欠伸をして見せた。
 自称・他称ともに問題児の天国のそんな態度に、教師は最早眉を寄せることもしない。
 つまんねーのー。
 口には出すことなく、けれどその表情は雄弁すぎる程に天国の心情を語っていた。


 隣りの席の沢松はと言えば、なにやらせっせと内職中だ。
 最近ではすっかり報道部の一員として定着してしまったらしく、雑務以外の仕事も回されるようになったらしい。
 校内新聞に載せるアンケートの集計で、放課後までに仕上げろと言い渡されたとか言っていた。
 梅さん人遣い荒ぇんだよなー…などとぼやきつつもしっかり仕事をこなしている辺り、報道部部員としての意識はちゃんとあるようだ。
 授業中に堂々とノートパソコンを弄っているのもどうかと思うのだが、そこは教師も諦めているらしい。
 天国ほどではないにしろ、沢松も教師からの分類は「問題児」に位置しているのだろう。


 何だかんだ言いつつ、上手くやってるみてーだな。
 沢松の横顔にそんなことを思いながら、天国はまた窓の外に目を向けた。
 空の青が、目に痛いほど。
 快晴の空を見上げながら天国が意識を馳せるのは、自分にこんな重苦しい感情をもたらしている人物で。


 アイツも、授業なんか聞いてなさそうなタイプだよな……
 サボるにしろ寝てるにしろ、きっと教師の話なぞ右から左に違いない。いや、それ以前に耳に入っていなさそうな気がする。
 その様子が、この目にせずとも想像できてしまうのが可笑しい。
 天国は口元を緩めて、けれどすぐにどこか哀しげな目になった。




 同じ空の下にいるのに。
 どうして、こんなにも遠いんだろう。
 たとえば、今同じように空を見上げてるとしても。
 それでもやっぱり、俺は寂しいんだろうな。


 せめて同じ学校だったら。
 もっと家が近ければ。
 たらればばかりを何度も繰り返し、どうにもならないことに溜め息が洩れる。
 遠い。
 どこにも行けない。
 名前を呼んでも、風にかき消される。
 ふと、目の奥がじわりと熱くなり。
 天国は慌てて首を振った。


 感情が昂ぶると、何より先に涙腺が反応するのだ。
 男なのにすぐ泣くのは、なんだか恥ずかしいし悔しい。
 だからと言ってどうにかできるものでもなく、天国は涙が出てくるのを堪えようとぎゅっと目を伏せた。



「っ!」
 と。
 ポケットに入れてある携帯がぶるぶる震え、その存在を主張し天国は驚いて目を開いた。
 慌てて携帯を取り出し、何事かと画面を見る。
 どうやらメールを受信したらしい。
 手慣れた操作で受信したメールを開くと、そこには見慣れた名前。
 表示されているのは「御柳芭唐」の文字。


 噂をすれば、ってこーいうのなのかな……
 嬉しいのと、少しばかりの冷や汗と。
 つい今しがた思いを馳せていた人物からのコンタクトに、驚かないわけがない。
 けれど何より嬉しくて、天国は自然と口元が緩むのを感じていた。
 基本的に面倒くさがりな御柳は、あまり電話だのメールだのを頻繁にする方ではない。
 だから、そんな御柳がメールをくれた、それだけのことで嬉しかった。


「……ちょー自己中」


 携帯を操作し、御柳からのメールを見た天国は思わずそう声を洩らしてしまった。
 小声だったため、それを聞きつけたのは沢松ぐらいだっただろうけれど。
 呆れたような言葉とは裏腹、天国は嬉しそうに笑って。
 返事の代わりに携帯の画面を指でぴん、と弾いた。





『いー天気だな。お前も空見てみ?
 声聞きたくなったから、昼休み電話する。』





 短い文。
 自分の言いたいことだけ、簡潔に書いたのだろう。
 あまりに御柳らしい文体に、天国はただ笑うしかない。
 それでも嬉しい辺りが、もう病的な気がする。
 とりあえず、昼休みの予定は決まってしまったらしい。



 だってさ。
 寂しい心を埋めるのは、いつの時代もやっぱ愛っしょ?



 御柳風に言うなら、こんなカンジで。
 だから今は、昼休みを心待ちにすることにする。







 寂しい心を埋めるために、

 手の届く距離にはいない人と、

 話をするんだ。

 甘い睦言より、

 愛の囁きより、

 ただ声を聞いていたいから。



 この、晴れすぎた空の下。





◆END◆


 

 

 

後書き。

芭猿です。みやくん出てきませんけど。
突発です。
何を書いてるんですか、何を。
既にできあがってる人たちっすな…

UPDATE/2003.2.21

 

 

 

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