ずっと、よろしく





 冬の夜は、空気が澄んでいて綺麗だ。

 寒くて、空気に触れる顔や指先はぴりぴりと痛むけれど。
 手袋を忘れた所為で、痺れるように冷えた指先に息を吐きかけながら、それでも天国はふっと笑った。

 初詣に行って来る、そう言って家を出てきた。
 友達とか、との家族の問いに少し悩んで大事な人とだ、と答えた。
 たったそれだけのことなのに、何故だか凄く嬉しくなった。

 待ち合わせ場所は、近所の公園入り口だ。
 あれでいて案外律儀な御柳は時間に遅れることはあまりないから(ただし御柳の中での優先順位が高いものに限るらしい、練習試合に遅刻して来ることなど日常茶飯事なのだと朱牡丹が愚痴っていた)、そろそろ到着している頃だろう。
 急がなければ。
 少し小走りになって、天国は先を急いだ。


 大晦日に、珍しく雪が降った。
 12月に雪が降ることは、関東にしては珍しい。
 生まれてこの方埼玉県民の天国は、どうせならホワイトクリスマスになれば良かったのになぁなどと的外れなことを考えてみたりもたのだが。

 今は雪は止んでいるものの、夜道に人通りはない。
 等間隔に並んだ電柱に設えてある街灯が、雪に覆われた道路を照らし出していた。
 それが行く先を導いていく明かりのようで、何だかくすぐったいような気分になる。
 踏み出した足がさくさく、と雪を踏み固めていく音を立てた。


 程なくして、待ち合わせ場所が見えてくる。
 そこに立つ人影は、間違いなく自分が待ち合わせをしている人物のもので。
 足音に気付いたのだろう、彼は天国の方へ顔を向け、片手を上げた。
 天国の顔に、自然と笑みが広がる。


「待たせたな、みゃあ!」

「おーっす。つか、新年早々その呼び名かよ」

「いーだろもう。諦めろ諦めろ」

「お前が言うかそれ……あーあー、顔真っ赤にしちまってまぁ」

「寒いんだから、しょーがねぇだろっ」


 御柳の前で急ブレーキをかける勢いで立ち止まりながら、天国は言う。
 くつくつと可笑しそうに笑いながら、御柳は手の甲で天国の頬を撫でた。
 いつもなら、外でそういうことすんな、とその手を振り払う所なのだけれど。
 新年だし、人通りはないし、許容することにする。

 手を振り払われなかったことに驚いたのは、誰より御柳だったらしい。
 軽く瞠目したのが見て取れて、天国は内心してやったり、と拳を握った。


「んじゃ、行くか」

「ん。あ、待った」

「ナニ?」


 歩き出そうとした御柳を引き止め、真正面から向き合う。
 居ずまいを正した天国に気付いたのか、御柳も心なしか姿勢を正した。
 何だかんだ言って、聡い彼には感謝する。
 笑ってしまいそうになる顔を引き締めて、天国はすっと頭を下げた。


「あけましておめでとうございます。今年も、宜しく」


 折り目正しく挨拶をし、それから顔を上げる。
 瞬間、どきりとした。
 見上げた御柳の顔が、いつになく真剣な色を宿していたから。
 そうこうしているうちに、御柳も天国と同じように頭を下げた。


「あけましておめでとうございマス」


 そこで頭を上げた御柳は、天国の手を流れるような仕草で握った。
 冷え切った天国の手と対称的に、御柳の指先は暖かかった。
 天国の冷えた指先に、御柳が一瞬眉を顰める。

 けれどそれはほんの一瞬のことで、天国は気付くに至らなかった。
 それに気付くよりも早く、御柳が掬い上げたその手に唇を寄せたから。
 冬の空気に晒されて冷え切っていた手に、その唇の暖かさは染み入るように伝わってきた。
 少し、泣けそうなほどに。


「今年も、来年も、再来年も、ずうーっと、宜しく」


 うわ、反則。

 まさか、よもや、彼がこんなことを言ってくれるとは。
 予想だにしていなかった言葉に、天国は咄嗟の切り返しが出来なかった。
 黙したまま、ただただ御柳を見上げる。

 呆けている天国に、御柳はふっと笑んだ。
 目を細めて、唇の端を柔らかく上げて。
 それは普段見せているようなシニカルめいたものではなく、暖かな空気を纏った笑顔だった。
 初めて見る、ものではないけれどいつもいつも見ているものでもない表情に、天国はますます言葉が出なくなる自分を自覚する。

 ああもう、こんなのズルイ。

 詰ろうとして出来なくて、掴まれた手をぎゅうっと力を込めて握り返した。
 冷たくなった指先には巧く力が入らなかったけれど、出来る限りの力と想いをこめて。
 弱いと自覚している涙腺が堰を切りそうになったけれど、それをどうにかこうにか我慢して。


「こちらこそ……今年も、来年も、再来年も、ずっとずうーっと、宜しく、なっ」


 泣き笑いの顔になってしまっただろうな、と自覚しつつも何とか笑顔を作り、御柳に向かって言った了承の言葉。
 来年のことを話すと鬼が笑う、と言うけれど。
 来年どころか再来年、いやきっともっとずっと先の未来まで。

 出来る限り、この指を離さずにいられますようにと。

 この後参拝する神社で真剣に祈ってしまうのだろうなと、そう思った。
 願いとも祈りともつかない切実な感情。
 けれど、御柳とならそれもいいかな、と。
 それも叶えられてしまいそうだな、と。
 そんなことを思えてしまう辺り、自分も相当やられているらしい。


「今年も良い年にしような、御柳」

「当然っしょ」


 先ず手始めに。
 このまま、手を繋いで参拝へ。

 1年の計は元旦に在り、らしいので。
 今年もどうか、良い年になりますように。





 
END



 

 

 

遅ればせながら2005年あけおめ小説です。
言うまでもなくお気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、
【伊右衛門CMパロ芭猿】でございます。

あのCMシリーズ好きなものでして……

拙い話ではございますが、お持ち帰りフリーです。
持ち帰ってやろうというお方がいらせられましたら、
どうぞご自由に。
報告は不要ですがこっそり言っていただけると嬉しいです。
(嬉しいてアンタ)

皆様方、今年も宜しくお願い致します。


2005年 早春 金沢春菜

UPDATE/2005.1.4

 

 

 

 

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