【心中遊戯】



「あの人は僕が死んでも泣きませんよ」

 言った声は、言葉は、自身でも驚くほどに淡々としていた。
 まるで熱の篭っていない言葉。それでいて投げ遣りになっている訳でもなく、ただ穏やかに。
 裏切られ続けることを信じている、なんて。

「誰かを想う、なんて。バカじゃなきゃ出来ないでしょう」

 伸ばした手は届かない。
 だからこそ想い続けるなんて、皮肉で滑稽な感情だろう。
 それでも。

「けど、あの人が死んでも僕だって泣かない。だから多分、こんな風がいいんです」

 返されない想い。触れることのない熱。
 けれど、抱き続ける感情が苦く哀しいばかりだなんて、誰に言われる覚えもない。
 幸せだと胸を張って言えずとも、決して不幸だとも思わない。

 まるで陽炎だ。
 決して届かず、触れられない。
 そのくせして目の前から消える事もなく、ゆらゆらと意識を惹きつけ続ける。
 求め、追わされ続ける。

「僕らはきっと、満たされる事なんて望んでないんです」

 追い、追われ続ける。
 だからこそ、こんな綱渡りのような関係が続いているのだ。
 傍目から見れば哀しいほどに意味のない行為。まるで巫山戯て遊んでいるだけのような。
 突き付ける刃が真剣だと知っているのは、おそらく互いだけ。

 幸福な結末なんて、きっとない。
 けれど、それでも。
 互いを喰い合った後に残るのは。

「でも、だから最後に残るのは、在るのは、愛なんだって。そう思ったりもするんです」

 訪れるいつかの日。
 残され、遺されるものを見届けるのはどちらになるだろう。
 どちらであっても、後悔はない。
 互いを選んだその時に決めた、静かな覚悟。

「……ああ、そうですね。心中なんて、言い得てる」


END


 

 



Web拍手掲載期間→2009/8/31〜12/20

 

 

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