憎らしいほど愛しい仕草で



 ぎゅうぎゅうと音がしそうな勢いで纏わりついていた腕の力が、唐突に緩んだ。
 力が緩められただけで、決して離れていこうとはしないのだけれど。
 それでも、少しは気が晴れたのだろうかと身動きのとれないまま背後の様子を伺っていると。
 畳みに懐くような姿勢だった沖田が、もそもそと起き上がっているらしいのが分かった。
 やっぱり体勢が辛くなったのかな、と考えながらとりあえず顔を見ようかと振り返りかけた、その時。

「う、わあっ!」

 首の後ろにえもいわれぬ感触がして、びくりと体が震えた。
 背中に張りついている沖田の動向を見ることは出来なかったけれど、何をされたのかは分かる。
 生暖かいそれは、知らないものではなく。
 舐められたのだ。首を。項を。

「いきなり何してんですかアンタはァ!」
「いやァ、さも喰っちまってくだせェ、と言わんばかりに無防備に晒されてっからよォ。これはご期待に沿えねばなるめェ、と」
「何を自分に都合のいいように解釈してんすか! 無防備も何も、座ってただけだから! 期待なんざこれっぽちもないから!」
「相変わらず照れ屋だなァ」
「照れてないですからー!!」

 沖田に舐められた箇所が、唾液で濡れて冷たい。
 だというのに、その瞬間走った覚えのある感覚に頬が火照るのが分かった。
 教え込まれ摺り込まれた快楽が、他でもないそれを教えた沖田自身によって起こされようとしている。

 冗談じゃない。まだ日も高いのに。
 こんな、晴天の下で。
 自分が干した洗濯物がはためくのを眺めながら、なんて。

 至って普通の嗜好の新八にしてみれば、そもそも明るい場所でという時点でありえないのだ。
 普通でも力負けするというのに、今の体勢は沖田にとって有利。
 拘束する腕は剥がれず、背中にぴたりと張り付かれているせいで暴れることも出来ない。
 分かっていても無抵抗でいることなど出来ずに、どうにか纏わりつく腕を引き離そうと試行錯誤する。

 そうこうしているうちに、余裕らしい沖田が笑ったのが聞こえた。
 流石に腹が立ち、首を後ろに傾ける。
 目が合った沖田が、笑った。

「ドS全開って顔しないでください! もう、気が済んだなら離してくださいって!」
「気が済むまで、ってェならずーっと離せねェけどなァ」
「ちょ、ホントにそろそろ……っ」

 悔しい。
 歴然過ぎる力の差も。
 その余裕も。
 遊ばれている、と思っているわけではない。
 沖田の性格は重々承知していて、それで尚真剣さが分かったから所謂お付き合いというものを始めたわけだし。
 分かっていても。いや、分かっているからこそ。
 見せつけられる差が、違いが、悔しいと思う。
 好きだから。
 全てじゃなくとも、何か一つでも対等になりたかった。

「俺ぁ新八のこと大好きだからよ、出来るならずーっとこうしていてェ」

 もぞもぞと抵抗を続ける新八の耳に、沖田の言葉はするりと入り込んだ。
 ちゅ、なんて音を立てながら耳の裏に唇が触れて。
 その感触に思わず目を伏せ、そんな顔を見られたくなくて顔を元の位置に戻した。

 ああ、ずるい。
 どうしてこのタイミングでそういう事言えちゃうんですか、沖田さん。

「……反則だ」

 ぼそり、呟く。
 何がずるいかって。
 つまらない意地を張りかけていた心を、たった一言で溶かしてしまうのが。
 大好き、だなんて言われて尚意地が張れるほど、ややこしい性格はしていない。
 何より。
 自分が好きな人に好きだと告げられて、嬉しくならないわけがない。

 新八が抵抗をやめたのを見てとったのだろう、沖田が腕を解く。
 その絶妙のタイミングに、悔しいやら感心するやら。
 今まで背中に張りついていた沖田は、ややずれて新八の左に座った。
 顔が見える。
 たったそれだけのことが、やけに嬉しく思えた。
 視線を合わせれば、沖田がことんと首を傾げて。

「なァ、喰っていーかィ」
「は?! ちょ、昼間っから何」
「好きだもん。足りねーもん」

 可愛らしい仕草で、とんでもないことを言ってのけた。
 唇を尖らせるような表情は、普段なら決して見られないもので。それはそれでかわいいかも、と思ってしまいそうになるのだが。

 いやいやいや、でも、だからって。
 流されちゃダメだ、沖田さんの言い方じゃ、絶対。
 軽い触れ合い、だけじゃ終わらない!!
 大体何ですか、もん、って。アンタそんなキャラじゃないでしょうが!

「可愛げがあるような言い方したってダメです! やです!」
「つってもまァ、逃げられねーけどな?」

 にやあり、と。
 ドS全開、な笑顔で沖田は言う。
 それは何度見たって慣れない。
 なまじ整った顔だからこそ、余計に。
 背中をつうっと撫で上げられたように、鳥肌が立った。

「おき」
「しー」
「んぐっ」

 名前を呼ぼうとした口は、沖田の手で塞がれた。
 口を塞いだ手、その親指と小指がゆっくりと動かされる。
 愛撫までは届かない、肌の感触を確かめるような。
 伝わる体温は心地よくて、ずるずると流されていく自分の心を感じて思わず眉を寄せた。

 陥落しかけていることなど見通しているらしい沖田は。
 駄目押しとばかりに新八の耳に息を吹きかけてきた。
 近寄る体温に、思わず目を伏せる。
 沖田の舌が、耳朶に触れる。ゆっくり下から上へ、這う。
 その動きに同調するように引きずり出される、快楽。

 少しでも油断すると声をあげてしまいそうだった。
 今は沖田の手で塞がれているから、洩れた声は音になることはないとは分かっていても。
 手のひらにかかる吐息で、他でもない沖田にばれてしまう。
 素直に落ちてしまうのは悔しくて、唇を噛んで息を詰めた。

「好きだから、触りてーんでィ」
「うぅ……」
「ちっとだけ。な?」

 何がちっとだ、チクショー。
 散々逃げ道塞いだくせに、まだ道が残されているような言い方をして。
 逃がす気なんか、最初っからこれっぽっちもないくせに。
 ずるいずるい。ずるい、人だ。
 逃げられないと知っていて、態と聞いてくるなんて。

 掴まれた腕を振り払えなかった、その時から。
 もうずっと、逃げる気などなくしている。
 好きだなんて囁き一つで、冗談のように陥落してしまう程に。
 この感情に、この人に、溺れている。

 黙り込んでいる新八に、沖田はまるで宥めるようにキスを繰り返している。
 耳に。頬に。髪に。首に。
 好きだ好きだと、言葉に出さずとも幾度も囁くように。
 一つ触れるその度に、甘い疼きが生まれる。
 胸を刺すように。撫でるように。
 いつでもどこでもドS全開なくせして、こんな時ばかり優しい仕草を見せたりして。
 そんなの、ほだされるには充分過ぎる理由じゃないか。

 釈然としないながらも、こくりと頷けば。
 沖田がさも嬉しそうに笑ってみせた。
 いつも見せているような何事か企んでいそうなものではなく。
 ただ嬉しくてたまらない、とでも言いたげな。
 大切なものを抱え込んだ子供のような。

 ああ、やっぱりずるい人だ。
 そんな顔で笑うなんて。
 ただでさえ逃げ出すことも出来ないのに、駄目押しするなんて。

 可愛さ余って憎さ百倍、なんてよく言ったものだと思う。
 憎いわけではないけれど、ただ無性に悔しくなって。
 しれっとしたその顔を、何とか崩してみたくなった。
 どうせこのまま沖田の意図通り流されてしまうのだから、意趣返しの一つもしてやろうと思い立つ。
 新八は塞がれたままの口を開くと、おもむろに。
 沖田の手のひらに、がぶりと歯をたてた。
 思いきり、ではなくともそれなりの力で。

「いって」

 噛まれた沖田は、一瞬顔を顰めて口を塞いでいた手を外した。
 いつも仕掛けられてばかりだから、こちらが仕掛けたいたずらが成功するのは気分がいい。
 新八は笑いながら、沖田の肩に額を押し当てて。

「愛は痛いもんでしょう?」
「……言うねェ。まったく、男前だなァ新八は」

 そういう僕に惚れたんだから、諦めてください。
 そう続けようとした唇は、言葉は。

 意趣返し返しとばかりに沖田の唇によって、浚われた。




END





というわけで、ぱっつぁんでした。
若干長くなってるのはご愛嬌。
もー、ホントにホントにはなせさんありがとうございましたー!!!
いつか、いつか恩に報いたい所存……っ!

UPDATE/2007.6.3.

 

 

     

 

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