【Variante-ヴァリアンテ- パロ】 (宝生アイコ=新八) 一家惨殺の生き残り…いや、黄泉帰り。 何故こんなことになったのか。 そんなこと、知らない。 分からない。 意味があるのかなんて、意味を探すことなんて、それに意味があるのかどうかも、もう分からなくなってしまった。 僕の左手に宿った化け物は、僕の意思とは関係なしにその姿を変え、現れ、殺戮を行う。 生き残る為? 社会の為? そんなの、どれも綺麗事のおためごかしに過ぎない。 その凶器を奮っている僕がそう思うんだから、間違いなどないんだ。 僕が行っているのは……ただの、殺戮だ。 暗い。 元々視力がよくはない新八だが、光源のない暗闇では誰だって途惑う。 けれど今、その真っ暗な中に新八はいた。 闇の中、それでも分かる自分を取り囲む気配。 唸り声。 「う、ああああああ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」 吼える。 足を踏ん張り、右手で左肩の辺りを押さえながら左手を突き出した。 次の瞬間。 左腕は、腕ではなく別のモノに変貌している。 異形のモノ…化け物へと。 家族を、友人を殺した異形と、同じモノへ。 腕がソレに変わっている時の感覚は、ひどく曖昧だ。 自らの意思で動かしているのと、左腕の化け物と、半分ずつで感覚を共有していると言った感じだろうか。 最初こそ、腕が変わった時にはそこに新八の意思の介入はなく。 ただ目の前で己の腕が変容し、蠢くのを見ているだけだった。 なのに、今は。 腕が体に馴染んだのか、自分がソレに近付いたのか。 武器を扱う様に左腕を変貌させて、使っている。 この腕を使うときは、いつだって怖い。 ヤツらと対峙し、死ぬかもしれない。 左腕がいつか自分を飲み込み、いつかヤツらと同じような化け物になってしまうかもしれない。 自分の腕が自分のものではない場面など、本当は見ていたくもない。 今だって本当は、認めたくもないのだ。 両親を、親友を殺した化け物と同じ種族をこの腕に抱えているなんてこと。 この、腕を落としてしまえば。 全てから解放されて、日常へ戻ることが出来るのだろうか。 「っ……」 ばちん、と音がして視界が明るくなった。 訓練終了。 今日の訓練は暗所での対処を、ということだったのだ。 突然大量の光が目に飛び込んできて、くらりと目眩がする。 よろめいた足が、何かを踏んだ。 足の裏でぐしゃりと、何かが潰れる音。 「ひ……」 呻いて、息を呑んだ。 立ち竦む新八の周囲には、仮想敵として放たれていた犬たちの死骸だった。 どれもこれも無残な死に様だ。 引き千切られ、切り裂かれ、突かれ、バラバラになっている。 対する新八は無傷。 マジックミラーの向こうにいる研究員の姿は見えないが、何を感じているかは伝わってくる。 唇を噛み俯いたところで、変貌していた左腕が音もなく元の姿に戻っていった。 元の、とは言ってもその見た目は新八が元々持っていた腕とは異なる。 右腕に比べると武骨で、数多の戦を超えてきた戦士のもののようにどこか禍禍しい。 それでも腕の形を為している時の支配権は全面的に新八にあるらしく、今まで違和感を覚えたことはない。 研究員の一人である山崎が言うには、この異形は新八の左腕に憑依融合したのではないかという仮説が今の所の見解らしい。 まだ研究段階の為確定事項とは言えないが、寄生植物のようなものなのではないかと、そんな憶測がたっているのだそうだ。 寄生植物は、宿主と運命を共にする。 彼らにとって己の身を護るのと宿主の身を護るのは同意であり、だから左腕は新八を護るように活動しているのだろう、と。 けれど、そんなこと。 新八にとってみればどうでもいい事だった。 共用、なんて言ってもその左腕は紛れもなく新八のもので。 左腕が殺戮を行うということは、新八が殺戮を行っているのと何ら変わりがないと。 新八はそう思っていたし、研究員の大半もそう思っているのだろうことは分かりきっていた。 ふらりと実験室を出る。 すれ違う誰もが新八に奇異の目を向けてくる。 異形を飼う。 それは即ち、新八自身が異形と見なされる。 化け物を抱えた自分にここ以外の居場所はないはずなのに、この場所でこんなにも空虚感と孤独感を感じる。 新八は無意識に掴んでいた左腕に、ぎしりと爪を立てた。 END |
Web拍手掲載期間→2006.6.12〜2006.10.16 |