弁当箱の蓋に、中身を半分ずつ移していく。
 箸は自分用のものとは別に割り箸を持ってきているから、それを渡せばいいだろう。
 何故わざわざ割り箸を持ってきているのかと言えば、それもまたクラスメイトの所為なのだが。
 ……ありがたいのかそうでないのか。

 半分にし終えて渡そうとしたら、伸びてきた手は蓋だけではなく新八の手の中にあった箸までをも浚っていった。
 え、と思う間もなく高杉は弁当を食べだしていた。
 余程空腹だったのだろうなあ、と思わせるような勢いで食べている。
 新八は暫く高杉の様子を呆気に取られてみていたが、我に返ると自分も食べ始めた。
 このまま呆けていては、自分の分まで奪われかねない。そう危機感を覚える程の食べっぷりだったのだ。
 半分になってしまった分よく噛んで食べよう、と咀嚼しながらちらりと高杉の様子を伺った。
 クラスメイトの神楽ほど、とまでは行かずともいっそ清々しいほどにがつがつと口に運んでいる。
 その様を見ながら、何だかんだ噂はあれど人の子なんだなぁ、なんて妙な感心をしてしまった。

 新八が半分ほど食べた所で、高杉の箸が止まる。見ると食べ終えていた。
 ぱちりと目が合い、新八は膝の横においていたペットボトルを渡した。中身はお茶だ。
 高杉は何も言わないままそれを受け取り、呷る。ごくりと喉が上下するのに、飲み干されてしまうかと思ったが2、3度口をつけた後に戻された中身には半分ほどの量が残っていた。
 律儀にも半分にしてくれたらしい。
 意外な気遣いに驚くが、悪い気はしなかった。

「なかなかだったぜ? 馳走になったなァ」
「それは、どうも」

 あの食べっぷりで味など分かっていたのかとも思ったが、その言葉に嘘は感じられず軽く頭を下げる。
 多分、この人は口に合わなければ即食べるのをやめていただろう。
 醸し出す雰囲気からそれが分かったので、どうやら食べられない味ではなかったのだと判断する。
 何より自作の料理をああまで気持ちよく食べてもらえれば、悪い気はしなかった。

「ま、俺ァ卵は出汁巻きのが好みだがな」
「朝の時間ない時にそこまでしてられませんよ。僕もそっちの方が好きですけど」
「……」
「なんですか」

 凝視され、思わず身じろぐ。
 けれど高杉の目にあるのは鋭い色ではなく、どちらかと言えば途惑うような、驚きのような色があった。
 え、驚き?
 自身の考えに、いやいやそれはナイよ、ないないない、と胸の内だけで首を振った。
 が、その考えを押しやるように高杉の目が新八の膝にある弁当へ注がれる。

「……手製か」
「そうですけど、何か問題でも?」
「いや……作り慣れてる味だな」
「……身内に作らせると暗黒兵器が出来上がるもので。自己防衛の結果ですよ」

 苦笑しながら、言う。
 高杉は分かったような分からないような顔をしていた。
 見た人にしか分からないだろうなあ、と思わず遠い目になる。
 何故玉子焼きが兵器になってしまうのか、我が姉の事ながら謎だ。しかしそうなってしまうのは事実であり、自らを守る為に新八の料理の腕前は上達していった。
 それが高校生になった今でも変わらないというだけの話だ。

「しかしオマエ、怖がらねェな」
「はい?」
「ありきたりな面してやがんのに、肝が据わってやがるっつーか」

 言いながら上から下まで、値踏みするように視線が這わされる。
 面白そうな、興味深げな、不躾なもの。
 失礼な人だなあ、とは思うのに嫌悪はない。
 これが話す前なら違ったかもしれない。けれど、今はもう新八は高杉という人物を少なからず知ってしまっている。
 だから、怒りは感じなかった。

 こんなことを考えていると知れたら、確実に殴られそうだけれど。
 何となく……今の高杉は猫にしか見えない、というか。
 猫でなければ、豹とか。とにかく何か猫科だよねこの人。
 弁当を分けた、というよりエサを強請られた、と感じているというか。

「意外性っていうなら、僕の方なんですけどね」
「あァ?」
「空腹になると喋らないし」
「……」
「お腹膨れたら結構饒舌だし」
「……」
「お茶、半分残してくれましたし」

 指折り数えて言っていくうちに、高杉は無言になった。
 けれどそれは不機嫌さからというより、気まずさからのような。
 まともに話をするのは初めてなのに、何故かそれが分かって楽しい。

「噂って、アテにならないんだなあって。身をもって知りましたよ?」

 に、と笑いながら言ってやる。
 一本取った、なんて気分で爽快だった。
 いつもいつも振り回されているから、こちらのペースに乗せる事が出来るのが嬉しくてたまらない。
 それも相手が「あの」高杉晋助だというのだから尚更、だ。
 何を考えているのか暫く黙り込んでいた高杉がようやく口を開いて言ったのは。

「オマエ、名前なんつーんだ」

 言われて気づく。
 そういえば名乗ることさえしていなかった。
 自分は高杉を知っているからともかく、相手は名も知らない人物から弁当を分けてもらっていたのか。
 呆れ半分、可笑しさ半分。
 こんな始まり方をする関係なんて、そうそうないだろう。

「志村新八です」

 ともかく先ずは、名前から。



END

 

 

晋新真ん中バースデェェ。
というわけで続きでした。


UPDATE/2008.08.11

 

 

 

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