妖の宴・兎と狐 帰り道、それは唐突に起こった。 乾いた音がしたと同時に、足元の地面に穴が開いた。 銃撃されている、そう認識すると同時に跳ねるように後退していた。 追うように、銃声が続けざまに響く。 執拗に足元ばかりを狙ってくるのに眉を寄せ、たん、と跳躍した。 それこそが敵の狙いなのだろうと知りながら、敢えて。 空中に逃れた所を、発射された弾丸がまっすぐに狙ってくる。 「何なんだ、一体っ」 苛立ったように言いながら、腕を振るう。 払った腕の軌跡をなぞるように、仄蒼い焔が現れた。 炎は新八に向かっていた弾を遮り、燃やしつくす。 そのまま新八は身体を捻るような体勢になり、狙撃してきた人物がいるであろう場所へ向けて炎を放った。 弾の跳んできた方角から、屋根の上にいるらしい。 だが放った炎は相手に届く前に弾け散った。 相手が開いた傘にぶつかったことで。 「子狐だって聞いてたんだけど。なかなか、面白いみたいだね」 うんうん、凄い凄い、と。 とぼけたような馬鹿にしたような口調で言うのは。 「神楽ちゃんの」 「神威、ね。妹が世話になってるみたいだねえ、子狐ちゃん」 「……新八です」 子狐呼ばわり、挙句ちゃんづけで呼ばれ引きつる口元を自覚しながら名乗った。 名前を知られたいような人物では決してないのだが、このまま子狐と呼ばれるのは耐え難いものがあった。 そもそも名を隠した所で、調べようと思えばいくらでも手段があるのだから、ここを凌いだところで徒労に終わるだろう。 特に神威は、銀時に興味を持っているようだったから。 周囲を調べれば自分の存在が知れるだろうことは予測がついた。 新八があっさり名乗った事が意外だったのか、神威は僅かに首を傾げて。 立っていた屋根を蹴ると、新八の目の前へと降りてきた。 仮面のように、その顔に笑みを張り付けたまま。 笑いながら人を手にかける、その心は新八には微塵も理解できないものだった。 だからだろうか、目の前にいるはずの神威がひどく遠くに感じられる。 「変なの。君は俺よりずっと弱いのに、逃げもしないし慌てもしない。俺は素手でも君の心臓を抉れるんだよ?」 なのに、どうしてボーっとしてんの? 問われ、新八は苦笑する。 確かに神威との実力差は決定的だ。いくら狐火があろうと、撃退出来る相手ではないと知れる。 だが自分でも不思議なほどに、新八は神威への恐怖感がなかった。 子供のような言葉と、態度の所為かもしれない。 紡ぐ言葉がどれ程残酷だとしても、それを口にするのが子供なら怖さだって半減だ。 神威の残酷さは、その幼さからもたらされているものかもしれない、とさえ思う。 純粋なまでに強さを追い求めた結果、心の成長を忘れてしまったかのように。 「そうするつもりなら、何も言わずに最初からそうしていたでしょう?」 「……それだけ?」 「そうですよ」 「気が変わっちゃうかもよ?」 「変わるかも、なんて思っているうちは変わらないもんです」 心変わりなんて、気付いたら為されているものだ。 スイッチのように切り換えられるものではないから。 心は厄介だ。自分のものであるはずなのに、自身では制御の効かない事がしばしばある。 だからこそ、良くも悪くも予測の出来ない事態を運んできたりもする。 今だってそうだ。 関わり合いになりたくない人を目の前にしながら、逃げる気も避ける気も起こらない。 きっぱりと言い切った新八に、神威は黙り込んで。 続く沈黙にどうしようかな、帰っていいのかな、でもこの人放っておいたら拗ねそうだしな、見た目は大人中身は子供って扱い面倒なんだよなあ、ああでも僕の周りそういう人多いかもって……考えると哀しいなやめとこう、などと諸々考えていると。 「……君、やっぱり、変だよ」 張り付いたままの笑顔に僅かに困惑を滲ませながら、神威は言った。 見慣れないものを前に途惑うのは、生まれた星が違えど共通のものらしい。 変、という言葉はおよそ褒め言葉で使う類のものではないだろう。 だが不思議なほどに腹立たしさはなかった。 基本的に真面目な性格の新八だが、狐としての本性が存在しないわけではない。 追われる事を楽しんだりもするし、惑わすことも、からかうことだってある。 本能に従うのなら、ここは。 にっこりと笑って。 「狐って、そういうものですよ」 あまあく、囁いておこうか。 |
拍手お礼で出した「世界観そのままで妖怪パラレル」から派生しました。 天人はそのままです。 本誌ににーに再登場なので記念に書いてみた。 獣耳モードな新八もそのうち書きたい。 UPDATE/2010.6.30(水) |