Trick or Treat!



 うっわあ。他人のフリしたい。いや他人なんですけれども。

 最初に「それ」を見た瞬間、思ったのはそんな事だった。
 それも仕方ないだろう。自宅の前に自分と同じくらいの背格好をした、着ぐるみ(犬)を着た男が立っていれば。そりゃもう全開で知らないフリを決め込みたくもなる。

 見ず知らずの、知り合いどころか関わり合いもない一般人通行人Aになってしまいたい。
 背景に。群集に。埋もれてしまいたい。
 地味だ地味だと言われ続ける自分ならそれも可能なのではないだろうか。
 ああでも無理か。無理だろうなあ。だってメチャクチャ目が合ってるし。というか間違いなくこっちに歩み寄ってきてるし。

「よぉ、新八ィ」
「……何て格好なんですか、沖田さん」
「んー? こりゃ仮装でィ。てなわけで」

 逃げ出したい。
 そう思った新八の思考を読んだようなタイミングで、沖田の手ががしりと肩に乗る。
 何で仮装なんですか、とか。
 どっから引っ張り出してきたんですかその着ぐるみ、とか。
 言いたいことは沢山あったけれどその全てを封じるように沖田がに、と笑って。

「とりっくおあ、とりーと、ってやつでさァ」
「とり……ああ、最近流行ってるハロウィンとか言うお祭りでしたっけ、それ」
「知ってんのかィ。なら話は早ぇや」
「銀さんが騒いでましたから…ってそれ確か、子供のお祭りですよね。18にもなった人が参加するようなもんじゃないですよね」
「男はいつまでも少年でさァ。いやむしろ俺ァ少年の心を忘れた荒んだ大人にはならねぇって誓ってるんで万事オッケー」
「オッケーじゃねえよ! むしろちょっとは大人になれって話だよ!」

 ああもうやだこの人、と思いつつ律儀にツッコミをしてしまう己の性が哀しい。
 真選組自体が今更着ぐるみごときでガタガタ言われるような組織ではないとは思うのだが、その評価もどうなのか。一応役所仕事なハズなのに。
 そこまで考えて急に虚しくなってきて、思わず額を押さえつつ息を吐いた。

「で?」
「で、って何ですか」
「菓子はなさそうだっつーこたァ、イタズラしていいって事だよなァ?」
「……はい?」

 ドSの本領発揮、と言わんばかりの顔で沖田が言う。
 笑っているのだが、顔に差す影が怖い。
 後退しかけたが、肩におかれた手がそれを許さなかった。
 新八の中の警戒警報が、思い切り警鐘を鳴らしていた。
 ヤバイ、と思う。だがその時には大概手遅れになっているのが世の常人の常。

「てなワケでイタズラけってーい。いやァ、天人の持ち込む文化も悪いモンばっかじゃねェなァ」
「ちょ、ま、お菓子なら家にありますから、待ってくださいって!」
「バッカだなァ。菓子なんざ口実に決まってんだろィ。いらねーよんなモン」
「さらっと本音言ってんじゃねェェェ! 何? ネタの為だけにその着ぐるみ着込んで人の家の前に立ってたっつーんですか! それでなくても武装屋敷になってんのにどんだけ近所にネタを晒せばいいんですか!」
「人の噂も四十九日って……」
「七十五です! ベタなボケかまさないでください!」
「あーもう、いいから黙ってイタズラさせろっつーの」
「っ、ぎゃああああ!」

 がぶり、何て擬音語がぴったりな勢いで。顔を寄せてきた沖田に、首筋を噛まれた。
 天下の往来で。幸いにも人の姿はなかったけれど。
 叫んだ新八は瞬時に頬を赤くさせ、何とかかんとか沖田の口を手で押さえる。

「…っ、わ、かりました…っ! 分かりましたから、ちょっと、ホント、せめて家の敷地に入ってからにしてください……」

 力なく言えば、口を塞がれたままの沖田がそれでもにんまり笑う。
 悔しいことに本日は惨敗。
 けれど負けっぱなしでいる気もなく。
 噛まれた首筋を手で擦りながら、いつか仕返ししてやる、と決意をした。
 新八にだってプライドというものがある。

 ドSな沖田がその実、突発的な事態に滅法弱いというのは知っていたから。
 さあ、どんな手段で報復してやろう。
 考えながら、けれど今日の所は。
 負けてしまったので、大人しくしておく。


 

 

 


Web拍手掲載期間→2007.10.30 ハロウィン限定拍手でした

 

 

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