風花の向こうにいないひとの面影 -蒼天に舞う煌きに-





 雪が降った、その翌々日。
 風は強かったが、見事なまでの晴天。
 透けるような空には雲一つなく、これでもう少し暖かければなあ、なんて思う。
 晴れはしたものの、空気が冷たい。
 風が強い所為で、余計寒く感じられる。

 朝の空気は、キライじゃない。
 ぴんと張り詰めたような、その感覚は。
 通りに人の気配が溢れる、そのほんの手前。
 そこここで何かが目覚める寸前のような、蠢く音を感じる。

 それはまるで、春の訪れのような。
 芽吹く花を、冬眠から目覚める虫を、そっと見守るようなそんな気分にさせる。

 いつもより早く家を出たのは、慣れない雪道を歩く時間を考慮した為だ。
 けれど、それは思わぬ楽しみを新八にくれて。
 これならいつもこの位の時間に出てきてもいいかなあ、なんてことまで考えさせた。

 雪道、とは言え前々日に降った雪は昨日の内に溶けるか片付けられるかしてしまったらしい。
 歩く道は、殆どいつもと代わりがなかった。
 歩きながら、このままではいつもの時間より大分早く万事屋に着いてしまうなあと思索する。
 別にそれはそれで構わないのだけれど、何となく。
 ほんの気まぐれで、新八は川原に足を向けた。
 いつもより遠回りの道筋。
 それを選んだのは、もう少しだけ、いつもと違う空気を楽しみたかったからだった。



「ぅ、わ」


 川沿いは風が強い。
 分かっていて足を向けたのだが、想像以上の風に思わず呻いてしまった。
 ごお、と音を立てて風が行き過ぎる。
 着ている袴が、煽られてばさばさと音を立てた。

 やめればよかったかも、と思ったのは一瞬で。
 少し意地になりながら、土手に上がる。
 生活道路じゃないからだろうか、土手の上にはまだ雪が残されたままだった。
 ざく、と足の下で踏みしめられた雪が音を立てる。

 ここへ、来たのは。
 思わず足が向いてしまったのは。
 多分。

 少し自嘲気味に考えながら、もう行こうかと踵を返しかけた、その時だった。
 きらりと、何かが眼の端を過ぎった。


「…え……何?」


 視界の端を、何かが舞っている。
 途惑うような声が洩れたのは、無意識だった。
 空を舞う、小さなもの。
 きらきらと朝の日の光を受けて輝きながら。

 一瞬雪かとも思ったのだが、空には雲一つない。
 訝しげに舞うそれに手を伸ばしかけた時、あ、と口が開いた。
 思い当たったもの。


「風花……」


 この辺りでは雪そのものがあまり降らない。
 一昨日降った雪も積雪も珍しいもので、雪かきが大変だと思う反面少し心踊っていたのも事実。
 だから、風花も。
 見るのは初めてだった。

 空に伸ばしかけた手を、そっと下ろす。
 雪よりももっと儚げなそれに触れることなど、できようはずもないと思った。
 目には見えるものなのに。

 きらきらと舞うそれは、ともすれば雪が降っているのではないかと勘違いさえしてしまいそうだ。
 けれど、見上げた空は見事なまでに晴れ渡っている。
 目が痛くなりそうな青を背景に、風花が舞う。
 それは見事としか言い様がない光景だった。


「まぶし……」


 煌く日の光と風花に、呟いて目を細める。
 右手を額の前に翳し、光を遮った。
 それでも、手のひらの向こうから容赦なく光が舞う。

 綺麗だと思う、その反面。
 ついぞ見ることのない光景は、何だか恐さをも感じさせた。
 美しいからこそ、余計に。

 一人でいるからだ、とふと思う。
 こんな場所に、一人でいるから。
 未だに、あの時交わし合った言葉は耳元に残っているのに。
 一人ではなかった、それをこんなにもハッキリ覚えているのに。
 けれど今、現実として自分は一人だ。
 だからきっと、こんなにもこの美しいものが恐く思えるのだ。
 言い訳がましくそんなことを考える。


 白銀の世界で。
 どこか遠くを見るような目で、声で。
 呟いた人の言葉が、ちらついて消えない。


 眩しくて翳した手のひらの向こうに、今でも立ち尽くしているような錯覚すら湧き起こる。
 一瞬、震えたその理由は。
 寒かったから、それだけでは説明がつかないような気がした。

 何故だか泣きたいような気分になって、慌てて頭を振った。
 こんな場所で、一人で泣くなんて冗談じゃない。
 それでもきんと痛む目の奥は止められなくて、ぎゅっと目を閉じる。
 理由も分からない涙を、何とかかんとか堪えようとして。

 伏せた瞼の裏側に、けれど。
 残像の様に、あの時見た横顔がちらついた。



 END


 

 

「白の向こうに霞む横顔」続編でした。
でも実はこっちのが先に出来てたり。
これの前段階を書きたくなって妄想したのが白の〜だったり。
こっちのがCP色強い気がする。
元ネタは同タイトルの日記散文より。

「風花の向こうにいないひとの面影 」
きらきら、と
ふわふわ、と
音もなく
色もなく
幻の様に
風花が舞う
綺麗なものを見ると
儚くも思えて
目を細めたその向こうに
あのひと が
一瞬ちらついて
泣きたくなるのを
耐えるために
ぎゅっと目を閉じた


UPDATE 2006/02/25(土)

 

 

 

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