握る指先に在る狂気に捧ぐ


「独り占めだ」

 言って、新八は笑う。
 まるで愛しいものを抱きしめてでもいるかのような、甘い表情と声だった。
 沖田は言葉を返さずに、黙って鍵盤を叩くのを続ける。
 声を返すより、音を投げる方が新八が喜ぶと知っていたから。

「今日は、あまぁい音、出すねえ」

 くすくす、笑う新八はどこか幼子のようだった。
 物を写すことはない瞳の焦点は合わず、けれどそれが却って何も知らない純粋無垢な子供のように錯覚させるのだ。
 事実、新八の顔立ちは(姉譲りなことを差し引いても)やや童顔で可愛らしい。

「総悟のピアノがいちばん好きだな」

 違いなんか分かるのか、なんて愚問は今更しない。
 見えない分を補うように新八の聴覚が鋭いのを、沖田はよく知っている。
 ……まあ、それと天性の音痴とやらは比例しなかったらしいが。
 それでも新八の耳の良さは一級品だった。
 聞き分けることにかけては沖田すら舌を巻くほど。

 目を細めた新八の指が、鍵盤の端をなぞった。
 細い指は、鍵盤を押すことはない。けれど幼い頃からずっと沖田の隣に在る新八はピアノに慣れている。
 ゆるゆると滑らされる指は、優しげで、儚げで、どこか酷く淫靡にも感じられた。
 新八は先も言ったように、沖田の奏でるピアノが好きなのだ。
 音に晒されている間は、終始心地良さげにうっとりとしている。
 その様は、沖田の胸の内に僅かながら嫉妬を生むほどだ。

「総悟の音だから、好きなんだけどな」

 仕方ないなあ、と肩を竦めて言う。
 音に敏感な新八は、そこに込められた僅かな感情をも見抜く。
 心を読まれているかのようなそれに時折居心地の悪い思いをすることもあるが、沖田にとっては特に困るような事もない。
 知られて困るような事は、ないからだ。
 隠し事が皆無ではないけれど、知られて困るほどでもない。
 幼い頃から一緒にある新八とは、まるで双生児のように意思が通じる。

 いや、多分もっと近い。
 新八は目が見えず、沖田は自身の感情が上手く分からない。
 二人して欠けているのだ、一部が。
 それを補うように、心のどこかを重ね合わせてこれまで生きてきた。
 これから先も、変わらないと思うし変わって欲しくない。
 いや、何より変えるつもりもなかった。
 新八の隣りに在るのは自分でいい。自分の隣りに在るのは新八でいい。

「だってさ」

 鍵盤の上をなぞっていた新八の手が、沖田の肩に触れた。
 そうしてこめかみの辺りを掠めるぬくもり。
 押し当てられた唇はすぐに離れる。
 密着した体だが、その一瞬でさえ沖田の演奏を邪魔するようなことはなかった。

「空気に総悟の音が広がるよ。それが凄く好きなんだから、総悟を好きってことだろ?」

 知っている。
 それでも、放たれた音ですら新八に想われることが赦せない。
 今こうして奏でている、その音だって。

「あーあ、止まっちゃった」

 言葉の内容とは裏腹に、新八は笑って言った。
 沖田の、決して褒められたものではない想いを感じているだろうに、何も言わない。
 受け容れている、それだけではない。
 新八の沖田へ向ける想いもまた、似たようなものだからだ。
 それを知っている沖田も、くっと笑い。
 新八の背を抱き寄せ、耳元で囁いた。

「抱かれるのなんざ、この腕だけで充分だろィ?」

 応えは、首筋にたてられた歯。
 甘いイタズラのようなその答え方は、沖田のツボを的確に付いていた。

「叶わねぇなァ」

 沖田は哂いながら、新八の指を齧った。
 与えられる刺激に新八がくすぐったそうに笑うから、それだけでいい、と思った。

 ……たとえばこれが、愛でも恋でもないのだとしても。
 手放せない、その気も毛頭ない。
 愛に似たものは決して愛にはなり得ない。
 けれど、愛だと錯覚することは出来るのだ。

 それが、限りなく愛に似た狂気であろうとも。
 どんな感情だって、突き詰めれば待っているのは狂気だろうから。
 これが愛だと言い切って、何が悪い?


END

 


べ、別人…?!
タメ語沖新、新鮮だったんで楽しかったですけども。
しっかしサン●ラに浸りすぎた為か文がまわりくどいな……
うあー、リハビリしないとダメかもっ?(汗)
2008/9/22

(UPDATE/2009.4.4)

 

 

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