【大奥パロ】



「よぉ、アンタかい? 夜のお勤めを厭って大立ち回りやった新八ってェのは」

「そうですけど……其方は?」

「おっとすまねぇ。俺ァ沖田ってんだ」


 秀麗な顔立ち。
 気風のいい言葉遣い。
 不躾ともとられかねないまっすぐな視線は、けれど新八には潔いものに写った。
 それが、沖田との出会い。





「ここはなァ、国なんだ」

「大奥が……ですか?」

「ああ」


 沖田の目は、どこか遠くを見ていた。
 視線そのものは庭に向けられているというのに、まるでそれらなど写っていない。
 その目は、意識は、新八の知らない涯を見据えていた。


「ここが国なら……」


 言いかけた言葉を、寸での所で飲み込んだ。
 沖田は気心の知れた相手で、他に聞く者もいないとはいえ、その物言いはあまりに失礼だと思ったのだ。
 口を噤んだ新八の肩、沖田がとん、と拳を押し当ててくる。
 続けろ、と。
 途惑い沖田に目線を送れば、ゆっくりと面が向けられた。

 まっすぐな、目。
 それは決して澄んだものではない。
 それでも、揺るがない光がある。
 この目が、好きだ。
 見据えられることに多少の緊張を覚えたりもするけれど、それ以上に。
 是も非もなく物事の本質を射抜くような眼差しは、単純に新八の好む所だった。


「寂しい国だな、と。思って」


 贅を尽くした場所だ。
 庶民では触れるどころかお目に掛かることすらないような着物に袖を通して、
無駄とも思えるような作法や所作があり、飢えも寒さもなく。
 江戸の町から比べれば、信じられないようなことも多い。
 けれど。

 新八から見れば、ここは寒くて暗い。
 人同士の関わり、そこから生まれるぬくもりがここにはないのだ。
 美しく設えた着物より、膳に所狭しと並べられた食事より、何より得がたく尊いもの。
 たとえば新八が城下に残してきた姉を想い、その行く末を案じるような。
 そういうものが、ここにはない。


「そうだな。新八の言う通りなんだろうなァ」

「沖田さん?」

「お前さんみたいなのばっかなら、ここももっと違ってたんだろうなァ」


 目を眇めた沖田が、溜め息のような声で言う。
 穏やかな表情なのだけれど、過ぎる寂しさのようなものが見えて。
 まるで触発されるかのように、胸の内がざわついた。
 残してきたもの、変わりゆくもの、これから得るもの、捨てるもの。
 様々な感情がかき立てられ、目の奥がぎゅっと熱くなった。


「お、泣きそうかィ?」

「泣きま、せんよ」

「なんだ、つまんねぇ。泣くなら俺の胸で泣きなせェ、つってやろうと思ったのによ」

「僕は武士の子ですから」


 簡単に涙を零すわけにはいかないのだ。
 この場所で生き抜くのに必要なのが、剣の腕ではないのだとしても。
 培ってきた己の芯を捨てるわけにはいかない。
 心を失くしたようなこの場所で生きるのならば、尚の事。


「どこだろうと、生きんのは苦界だ。そうだろィ?」

「そうであっても、己の足で立つことが出来るなら。そうは悪いことばかりじゃないですよ。きっと」

「……そうだといいけどなァ」

「ここに来て、いいこともありましたよ」

「どんな?」

「沖田さんに会えました」


 言い切れば、珍しくも瞠目した沖田、なんてものが見れた。
 思わずまじまじと見やれば、沖田はぺしりと音を立てて片手で顔を覆ってしまう。
 あ、隠された。
 そんなことを呑気に思っていると不意に。


「わっ」


 手首を掴まれ、引っ張られた。
 突然のことに抵抗も出来ないまま、沖田の肩に頬を寄せることになる。
 驚いていると、耳元でぼそりと。


「そんなもん、俺もに決まってんだろーが」


 早口で呟かれた言葉は、照れているからだろう。
 いつも飄々としている沖田の意外な一面に、新八は思わず笑う。
 声は立てなかったものの、緩んだ空気が伝わったのだろう。
 沖田が笑うんじゃねェよクソ、などとぼやいて。
 それがますます、笑いを誘った。

 ここが苦界であろうと、なかろうと。
 今こうして笑っていられることの、どれだけ幸せなことか。
 生きることの、どれだけ愛しいことか。

 明日が見えぬは、きっとどこでも同じこと。
 だからこそ見失えない、己の芯を不器用に抱えて。
 きっと明日も同様に走り回っているのだろう、と。
 ひどく穏やかな気持ちで、そんなことを考えた。



END

 

 

 


Web拍手掲載期間→2007.1.4〜2007.2.10

大奥買った記念。
ちうかこれ場所はどこ。何してん。お役目はええのんか君ら(笑)

 

 

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